ハグ


ディーノが仕事を終えて真っ先に向かう先は、屋敷の裏手に佇む裏庭。
さすがに夕刻を過ぎると、あたりは薄暗く肌寒い。
けれど想像していたとおりの楽しげな声が聞こえてきて、思わず口元を緩ませた。

「ハグ!ハグ!」
「違う。こうだよ」
「ヒヒーン」
「ヒバードもロールもやってみて」
「ピ!」
「キュ」

雲雀は小さな身体で必死にスクーデリアにしがみつき、そんな雲雀にはヒバードとロールが纏わりついている。エンツィオはすでにスクーデリアの背中の上だ。
その光景があまりにも可愛らしくて、つい吹き出してしまうと、雲雀に気付かれてしまった。

「ディーノ」
「お前ら、何やってんだ」
「はぐ、だよ」
「ハグ、ハグ!」
「キュ!」
「ハグ?なんだってまた…」

元々スキンシップの苦手な雲雀である。小動物相手とはいえ、なぜそんなことになったのかとディーノが首を傾げれば、

「ヒゲの人が言ってたよ。今日は『ハグの日』なんだって。だからこの子達が教えてくれって」
「ロマが?」
「うん」

どういう経緯でそんな話になったのかは定かではないが、色んなことに興味を持つのは良い傾向である。
ディーノは両手を広げると、

「ほら」
「?」
「俺も、ハグ」
「…やだ」

今の今まで小動物には可愛らしい仕草を見せていたのに、途端に態度を変える雲雀にディーノはむす、と眉を顰めた。

「何でだよ?今までしてたじゃねーか」
「この子達は別。あなたはいやだ」
「じゃあ、俺がする」

言いながら小さい身体を引き寄せると、少しだけ抵抗を見せたのも知らない振りをしてふんわりと抱きしめる。

「気持ち良いか?」

肌を通して伝わるぬくもりは、心音までしっかりと届けられひどく心地よく感じる。鼻腔を擽る甘い香りも、腕の中で微かに震える小さな身体も、無条件で愛しいと思うほど。
しばらくすると、小さな声が聞こえてきた。

「…みつ」
「ん?」
「はちみつの匂いがする」
「はちみつ?」

そういえば、先ほど雲雀のおやつを用意しているときにぶちまけたことを思い出す。その香りが漂っているのだろう。
雲雀には色気よりもまだまだ食い気が勝るらしい。
ディーノは肩を竦めると、ゆっくり身体を離した。

「ああ、庭のテラスに用意してある。釜で焼いたホットケーキと、ブルーベリーとメイプルのジャム。アイスはバニラだ。食べるか?」
「この子たちのもある?」
「ああ。ひまわりの種とちくわな」
「タベル、タベル!」
「クピ」

今まで大人しくしていた小動物も、食べ物のこととなると別らしく、目を輝かせてディーノに擦り寄ってくる。

「分かった、分かった。飲み物はロマに用意させるから」
「うん」

ディーノに手を引かれて、雲雀は満足そうに頷いた。
そうして暖かな日差しを受けて、きらきら光るハニーブランドを揺らす背中のあとをついていく。

好物のおやつ。
大好きな小鳥とはりねずみ。
気持ちの良いお日様。

そして、最近それに一つ増えた。

少し見上げればきらきらと光輝く、太陽のような笑顔を持つ跳ね馬。
雲雀が見やればいつも視線に気付き、にっこりと極上の笑みを返す、マフィアのボス。

それは目に眩しいくらいのヒバードと同じ黄金色で、ロールと同じくらいの暖かさを持つ、雲雀が初めて好きになった人。

名前は、

(ディーノ)

ディーノ、キャバッローネ。
名を口にするだけで、雲雀の心の中にぽわ、とつぼみだった花の種が芽吹いた気がした。


2012.10.31



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