episode03


まず、彼が知っていて自分が知らないのは、ねこの飼い方。
いつの間にか懐いて傍にいる小鳥の世話。
四季折々のあらゆる行事。
将来を見据えた経済力と政治力。

それの一つ一つを、彼から教わった。尋ねたことと必要なことだけしか口にしない彼の言葉が自然と耳に馴染むのに、そう時間はかからなかった。

そして、もう一つ。
いきなり師だと目の前に現れ、言葉も存在も何もかもやかましい外人――ディーノへの気持ち。
最初はただ鬱陶しくて邪魔なだけだった。それが指輪争奪戦と未来での戦いを経て、少しずつ変化があった。
視界に入るだけで邪魔でしかなかった存在が、ふいにいなくなると胸にぽっかり穴があいたようになる。
長く日本に来ないときに頻繁にやってくる電話やエアメールをそれほど疎ましく思わなくなった。
ただ強いだけの外人だった彼の住まいや生い立ちを知りたいと思うようになった。
そんな不可解な現象を教えてくれたのも、草壁だった。

「ディーノさんがいないと、おかしくありませんか?」
「なんか、モヤモヤする」
「それはどんな風にですか?」
「…わからない。でもあのひとが来るとヒバードやロールも喜ぶし、時々戦ってくれるし、前ほどはいやじゃない」
「そうですか」

草壁は嬉しそうに笑み、それから言った。
それは、ディーノさんのことが好きなんですね、と。
好きだとか嫌いだとかそんな感情はない。だから草壁の言うことはわからない。
だけど、ディーノがきらきらした眼差しで自分を見つめたり構ったりしてくれるのは嫌いじゃない。嘘をついたことのない草壁の事を信じて、これが「好き」という感情なのだと覚えた。
ディーノにそう伝えると、ひどく嬉しそうに、でもごく当たり前のように頷かれた。

「そうか。俺は知ってたけどな」
「『好き』ってこと?」
「ああ。俺と同じ」
「あなたも僕が好きなの」
「厳密に言えば、『好き』じゃない。『愛してる』」
「どう違うの」
「そうだな。お前が望むなら、これからゆっくり教えてやる」
「そんなに時間がかかる?」
「ああ。これは一人じゃ出来ないんだ。二人でゆっくり育んで少しずつ知ることが出来る。楽しいとか嬉しいとか悲しいとか苦しいとか――色んな感情がな」
「ふーん…」

今まで知らなかったこと。必要じゃないこと。
けれど、ディーノでも一人じゃ出来ないことがどんなことかは興味があった。それに、彼とこうしている空間は風が流れるように落ち着いていて、苛々しないし、苦痛じゃない。

「もっと強くなれるなら、知ってもよいよ」
「ああ、強くなれる。今よりもっとな」

そういってディーノはおでこに「キス」というものをした。
少しくすぐったくて、でも心の中が暖かくなるような不思議な接触。

「まずはここから始めよう」

嬉しそうに笑顔を手向けるディーノに、異存はなかった。
親愛の情だというキス。
いつか慣れた頃に咬みついてやるのも面白いかもしれない。
彼が自分だけに向ける甘ったるい蜂蜜の様な笑顔ごと。


2012.11.07

うちの草壁さんは何でも出来ちゃう人です。




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