episode02


幼い頃から、運命は決まっていた。
草壁家は代々雲雀家に仕えるのが決まりとなっており、草壁哲矢もそのためだけに教育を受けさせられた。一般教養やありとあらゆる武道はもちろん、舞踊や茶道の嗜み、主に恥をかかせないための一般常識や礼儀作法などのマナー、そして将来を見据えた経済学、法学――など、それは多岐に渡る。
草壁はそれを否ともせず全てマスターし、中学に上がるころには大学卒業程度の知識は身につけていた。
それもこれも、初めて会ったときから運命を感じた雲雀のため。
使命感ではなく、彼の凛とした姿勢や揺ぎ無い眼差し、曲がることのない芯の強さ――自分にはない何もかもに、圧倒的に惹かれた。
だからどれだけ雲雀に嫌がられても、罵られてもその決意は変わることがなかった。
――この人に、生涯仕える。
その言葉の重みを誰より感じているのは、自分だ。
雲雀はもちろん怪訝そうな顔をして、傍に近寄ることを許してくれなかったが、それでも構わなかった。
あの人のことを一つずつ、知っていけるのなら。
誰よりも近い場所で仕える事が出来るのなら。
そう思い同じ中学にあがった頃、一つの転機が舞い降りた。


*


雲雀と同じ風紀委員に属した草壁は常に行動を共にした。
権力者の子息――ということで、何時どこで狙われてもおかしくない。そのため車で送り迎えをするのが常であったが、雲雀は群れるのは嫌いだと頑なに拒み、その代わりに草壁が同行する形で体裁は保たれた。
そんな矢先。
雲雀に用事があるから先に帰れと命令され、渋る草壁にタイミングよく雲雀家から電話が入り、同じく今すぐ帰宅するよう命じられた。草壁の気持ち云々はともかく、雲雀以上に雲雀家の命令は絶対だ。
1日くらい大丈夫か、と草壁が先に帰宅したその日。
気付けば、雲雀が戻ってこない。夕食時になってもその気配は感じられず、そうこうしているうちに雨が降り出した。
幸い自分の傘は雲雀に託していたから問題はないが、こんな遅くまで雲雀が帰ってこなかった事は、今までに一度もない。
草壁は構わず屋敷を飛び出し、通学路を走り回った。
雲雀のことだから早々問題が起こるとは思わないが、それでも何かあったら――と、気が気ではない。
辺りを見渡しながら走っていると、視界の端に黒い丸いものが映った。
いつもなら降りることのない、高架下。雨で増水している河原を背に、探し人は座り込んでいた。
慌てて駆け寄ると、雲雀は小さな小さなみかん箱の前で座り込んでいた。雨に打たれるのも構わず、微動だにせず。

「どうしたんですか、こんなところで」
「ねこ」
「え?」

久しぶりに聞いた雲雀の声に視線を追えば、箱の中で震えながら小さく泣いているのは、生まれたばかりの子猫。誰かが捨てたのだろう。少量のミルクと離乳食、そして箱には「可愛がってください」と拙い文字で書かれていた。

「捨て猫ですね」
「…そう」

いつもは強く俯かない眼差しが、深く沈んでいた。まさか、ずっとここにいたのだろうか。

「連れて帰りますか」
「うちでは飼えない」
「そうですね…」

厳粛で荘厳な佇まいの雲雀家はペットを飼うことを禁止されている。それは草壁も知りうる、絶対的なルール。
けれどこの猫がいる限り、雲雀もこの場を離れそうになかった。
草壁は切り札を出した。

「学校に連れていきましょう」
「学校?」
「ええ。毛並みも良いですし、子猫ならすぐに引き取り先が見つかります。それまで応接室で面倒を見れば良いかと思います」
「動物の飼い方なんて知らない」
「私がわかります。一折学びました」
「ねこも?」
「もちろんです。それにこんな時に権力を使わないでどうするんですか」
「権力?」
「並盛町ではあなたが秩序です。あなたが、望むままにその権力を奮えば良いと思います」

雲雀はしばらく考え込み、子猫を毛布ごと腕に抱きかかえると、立ち上がった。
そして草壁を真っ直ぐに見つめる。いつもの強く光る眼差しで。

「僕は今まで関わってきたことだけを吸収してきた。いらないものは、不必要と思ってた。だから、君のその識を寄越しなよ」
「…委員長」
「だけど、その時に必要なことだけしかいらない。余計なものはいらないから」

そう言い放つ雲雀の表情は相変わらず潔く、その場に君臨していた。
草壁が惹かれた、初めて会ったときと変わらない凛々しい面持ち。
ずっと変わらない主の強さに、改めて深く頷いた。


2012.11.06



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