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雲雀が気分を害して再度見回りに行ってしまうと、残された二匹は困ったように顔を見合わせた。

「クピ(雲雀さん、怒ってた)」
「ヒバリ、デテッタ」
「キュ…(嬉しくなかったのかな?)」
「オコッテタ」
「キュー…(どうしたらよいのかな…)」

雲雀が怒るのも無理はない。大事な場所をこんな風に汚してしまったのだ。ロールだってきっと悲しくなるだろう。
けれど、どうすればよいか分からない。涙ばかりが溢れるが、先ほど叱咤されたことを思い出し直ぐに拭い取る。思い出しては泣き、拭い――を繰り返していた、その時。

「困った子だね」

不意に聞こえてきた懐かしい声にロールは耳を疑った。いつもの雲雀よりも若干声が低く、落ち着きのある耳慣れた響き。もうずっと耳にしていない、愛しい音。

「!!!!!!」
「久しぶり」

笑顔を浮かべ立っていたのは、ここに来る前の主の姿だった。ロールは暫し呆然としていたが、我に返ると、猛ダッシュで飛びついた。

「キュウウウウ!」
「わっ、と…相変わらず甘えん坊だね」
「キュー…♪」

ロールは大人の雲雀の感触を楽しむように、頬を擦り寄せた。そしてヒバードもパタパタと低位置である雲雀の頭へ降り立つ。

「ヒバリ、ヒバリ」
「やあ、君も変わらないね」
「ヒバード、ゲンキ」
「うん、安心したよ」

感動の再会を果たしたところで、雲雀は辺りを見回した。いつも整然としている応接室がひどい有様だ。数年前のこととはいえ、この場所は今でもしっかりと覚えているから、異様な光景に眉を顰める。

「これ、君達がやったのかい?」
「クピ…」
「ヒバリ、オコッタ」
「だろうね…」

あの時の自分はとにかく自分が一番だった。ヒバードやロールに出会い、少しは変わったが、それでも思い通りにいかなければ、小動物相手でも譲歩はしなかったはずだ。
今思えば、ひどく子供だったと思う。そして、素直になれなかった。

「ああ、そうか」

カレンダーを見やり、雲雀は今日が何の日か思い出した。
10月14日。――今となっては忘れることの出来ない日。

「だから、何かしようとしたの?」
「クピ」
「オイワイ、タノシイ!」
「なるほどね。今年が始まりだったのか…それなら、もう直ぐ来るかな」

あれから毎年続いている、ヒバードとロールの招待状。
雲雀の記憶が正しければ、イベントごとにうるさい彼が忘れるはずもない。
案の定、遠くから派手な足音がしたかと思うと、扉が勢いよく開かれる。

「恭弥ーっ!」

顔を確認するまもなく、ディーノは雲雀を片手で抱き寄せる。空いた左手には色とりどりで飾られた花束を手にしていた。これも変わらない光景。

「あれ…?でかい…?」
「相手を確認しなよ」
「……うわっ!」

腕の中の変貌した恋人の姿に、ディーノは驚きのあまり飛び退いた。
そして、まじまじと見つめると、

「もしかして、10年後の恭弥…?」
「そうだよ。相変わらずだね、ディーノ」
「え?え?なんでここに?もしかして、また10年バズーカー?」
「少し違うよ。ジャンニーニが、飲むだけで次元を行き来できる薬を開発してね。面白そうだから試したんだ」
「試した…って…もし違うところへ飛んだらどうするんだよ!」
「細かいことを考えるのは嫌いだよ。面白そうだからやった。それだけ」
「マジかよ…」

不適に笑う雲雀に、ディーノは頭を抱えた。

「それより、あの子は?」
「え?恭弥か?ここにいねぇの?」

授業が終わった雲雀が居座る場所といえば、応接室か屋上くらいだ。生憎屋上は雨が降っていて誰もいない。となると、どこへ行ったのだろうか。

「機嫌を損ねて見回りにいってるかもしれないね」
「機嫌?何かしたのか」
「僕は何も。この子達がやっちゃったみたいだけど」
「あー…これか」

応接室の惨状を見れば、ヒバードとロールが何をしたかは一目瞭然で、雲雀が怒るのも無理はない。

「お前ら、いたずらもほどほどにしろよ?」
「クピ」
「ピ!」
「どこ行ったんだ、アイツ。きっとむしゃくしゃして誰彼構わず咬み殺してるんじゃねーだろうな。早く見つけねーと…」

言いながら部屋を出て行こうとするディーノを、雲雀の手が止める。

「待ちなよ」
「え?」
「せっかく僕が来てるのに、放ったらかしにする気?」
「や、でも恭弥が…」
「あの子なら大丈夫だよ。構う方が機嫌を損ねる」

肩に手をかけ、ゆるやかにしなだれてくる雲雀に、ディーノは条件反射で顔を背けた。
10年後の雲雀は髪の毛を短くしているからか、着物の襟足から除く白いうなじが目に飛び込んできて、ひどく色っぽい。ただでさえ着流しの裾から伸びるしなやかな腕や足を、先ほどから見ないようにしていたのに。

「ちょ、何考えてんだ」
「いいじゃないか。僕は僕なんだし、たまにはこういうシチュエーションも」
「よくねぇよ!第一、こっちの恭弥ともまだなんだぞ」
「へぇ。意外に奥手なんだ」
「うるせー」
「じゃあ、試してみない?」

耳元で怪しく誘う艶声に、ディーノの体が強張る。
いくら成長したとはいえ、雲雀には違いない。完全に拒むことなど出来ない。だが、同じ次元に二人存在している時点で、やはり違う存在なのだという葛藤が脳内を巡った。

「気にすることないよ。あの子も今頃10年後のあなたといるはずだから」
「10年後の俺と?」
「そうだよ。心配だからってむりやり着いて来たんだ。ロマーリオや哲は必死に止めてたけど、まさか同じ時代に来るとは思わなかったよ」

楽しそうに紡ぐ雲雀を、ディーノは勢い良く引き剥がした。

「ディーノ?」
「冗談じゃねぇ…俺相手でも、許さねぇ…!」
「ちょ、!」

今までの穏やかな双眸から一変したかと思うと、ディーノは雲雀の静止も構わず、部屋を飛び出していった。よほど、10年後の自分と雲雀というフレーズが利いたらしい。

「クピ?」
「ウマ、イナイ」
「相変わらずだね、あのひと」

ロールを抱き上げながら、雲雀は嬉しそうに笑った。

「10年後でもあの人が僕以外に手を出すわけないって、知らないのかな」
「シラナイ、シラナイ!」
「本当に、全然変わってなくてほっとした。あの人も、君達も」
「キュー!」

普段は滅多に浮かべない眼差しでにっこり笑うと、静かに漂うあたたかさにほっとした。

「だから、僕は僕でいられるんだよ」

そう。いつも、いつも、変わらない日常がここに存在していたから。

2012.10.20


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