おもいで 「クピクピ」 「ヒバリーヒバリー」 ディーノが風呂から上がると、珍しく足元にエンツィオとヒバードが纏わり付いてきた。この時間なら寝酒の傍ら、雲雀に遊んでもらっているはずなのにと和室へ向えば、ディーノはその光景に苦笑いを浮かべる。 障子から僅かに開いた隙間から月の灯りが差し込み、雲雀の寝顔を程なく照らしていた。 よほど疲れたのだろう。書物を手にしたまま眠りに入ることは珍しい。 ディーノが近寄ると、微かに身体が動き睫毛が2,3度揺れ動いた。 「ん…」 「悪い、起こしたか?」 雲雀は小さく頭を振り、寄ってきた小動物を愛しく抱き寄せる。 「おいで」 「ピヨッ」 ヒバードは嬉しそうにいつもの定位置に付くと、安心したように眠りに付く。 そんな姿を微笑ましく見ていたのはエンツィオも、感化されたのかディーノに擦り寄ってくる。 「なんだ?エンツィオもか?甘えただな」 「あなたが放っておくから、寂しがってるんだよ。ね、エンツィオ」 「クァ」 まるで言葉が分かるようにエンツィオが頷くと、雲雀は凛とした眼差しを向けてきた。言葉ではなく眼差しで語るそれは構っての合図。 けれど、いつもと違うそれにディーノは眉根を寄せる。いつもの雲雀なら、こんなに無防備にしな垂れかかっては来ないし、小動物がいる時に事に及んだりはしない。 「どうした?」 「え?」 雲雀が首を傾げると、ディーノは口元を緩ませた。 「なにか、あったんだろ」 「どうしてそう思うの」 「俺をなめるなよ。恭弥の事なら、何でも分かる」 不意に雲雀の視線が足元に落とされた。そしてゆっくり言葉を拾うように、口を開く。 「…猫が」 「猫?」 「そう。道端で車に轢かれて死んでたんだ。その傍に子猫がいて泣いてた」 「珍しいな。それで影響受けたのか?」 「違うよ。ただロールが怯えて宥めるのに大変だったんだ。ずっと傍を離れなくて…それで、僕も考えた。あれがあなただったらって」 「…嫌なこと言うなよ」 雲雀が想像すると本当になってしまいそうで、怖い。 「誰かについてそんな事を考えたの、初めてだから」 「…恭弥」 ディーノの蜂蜜色がほんの少し翳りを見せた。 この10年間――雲雀と出会ってから今日のこの日まで、本当に色々あった。彼がここまで柔軟になるとは思わなかったし、自分の存在について考えてくれるなど大した成長だと思う。 「でも、悪い感情じゃないなって思った。あなたもそうなの?」 まるで少年のように無垢な眼差しを向ける年若い恋人に、ディーノは慈しむようなそれで返す。 「ああ。俺は人間くさいのも好きだぜ」 言いながら腕をひくと、雲雀の身体がぽふん、と腕の中に納まった。 肩に手をやると、ほんの少し抵抗があった。顔を見やれば、情欲に満ちた瞳の奥にはまだ理性が灯り、ディーノは手に込める力の強さを弱めた。 「どうした?」 「このまま流されるのって性に合わないんだ」 「じゃあ、恭弥からしてくれるのか?」 誘うように問えば雲雀は一瞬考え込み、悪戯っぽく笑った。 「それも良いけど、残念だね。タイムリミットだよ」 「タイムリミット…?」 ディーノが首を傾げた瞬間、隣の部屋から派手な鳴き声が聞こえてきて、その意味を知った。 「…ロールか」 「そろそろ起きる頃と思った。ミルクあげてくるよ」 「ピイ」 「君も来るかい?」 イクイク、とヒバードが差し出された指先に止まる。身だしなみを整えながらするりと抜ける雲雀の後ろ姿を見送りながら、ディーノは肩を竦めてみせた。 ほんの少し肩透かしをくらった気分ではあるが、誰かを想いやる気持ちはひどく心地よい。 そして、それを雲雀も感じるようになって、ディーノの心にも同じように灯る。ぽかぽか暖かな、感覚。 「さて、俺達も行くか」 隣ではりねずみの世話を焼いている雲雀を手伝おうとエンツィオに声をかけ、ゆっくり腰をあげた。 「クァ!」 「ほら、落ちるなよ」 ディーノによじ登るエンツィオを支えながら、襖をぴしゃり、と閉める。 静かになった二人の温もりが僅かに残る空間で、静寂だけその場に漂っていた。 2012.4.10 |