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「――さ、俺の勝ちだぜ」

オレンジ色の夕日が傾きかけた、並盛中学校の屋上の一角。
目の前の少年をトンファーごと自信の鞭でぐるぐる巻きに捕らえたディーノは、嬉しそうに上から見下ろした。

「まだだよ。負けてない」
「お前なぁ…これでもか?」

ディーノがほんの少し力を強めただけで、涼しげな顔が苦痛に歪んだ。

「っ、」
「な?俺の勝ちだって認めろよ」
「…ない」
「え?」
「全然痛くない」

鋭く前を見据える雲雀に、さすがのディーノも言葉を失う。確かに今までも苦痛を表に出したことはないが、傷つかないぎりぎりのラインまで力を入れているのだ。いくら雲雀だって痛みはあるはず。
それでも強がりを通す少年を目の当たりにすると、さすがにいたたまれない気分になってくる。

(くそ…)

いつもならディーノの方が先に折れて解いてやるところだが、今回だけは勝手が違った。
ボスとしての威厳がかかっているのだ。
そう心を鬼にして、再度力を込めようとした時だった。

「クア!」
「キュ!」
「わっ!」

今までおとなしくしていた小動物が、いきなりディーノめがけて突撃してきた。

「いてっ!」
「ピイ!」
「キュキュキュー!」
「こらっ、やめろっての!」

さすがのディーノも小さな小鳥やはりねずみ相手に本気を出すわけにもいかない。だが、小動物とはいえヒバードの尖った嘴やロールの鋭利な針をまともに受ければただでは済まない。二匹とも本気ではないだろうが、かといって甘噛み程度ではないから性質が悪い。

「ヒバード、ロール。おいで」

雲雀が名を呼べば、二匹は大人しくディーノから離れた。エンツィオはさすがに主人にたてつきはしないものの、雲雀を拘束しているディーノの鞭を齧っている。
小動物はとにかく雲雀に弱い。さすがに4対1ともなれば、分が悪すぎた。

「ったく、わかったよ。俺が悪かった」

ディーノが鞭をしまうと、ようやく3匹は安心したのかいつもの穏やかな表情を浮かべた。
雲雀の手首にはしっかりと鞭の後が残っていて痛々しい。

「痕になったな、悪い」
「別に。それより、なに」
「え?」
「負けた方がひとつ言うことを聞く――なんて条件出したからむきになったんじゃないの」
「あ?ああ…だけど」
「言いなよ。負けてないけど聞くだけはしてあげるよ」

雲雀は約束を違うことをしない。真面目で責任感が強いのは、誰もが知ることだ。だから負けは認めないが約束は守る――そう告げられて、ディーノは小さく笑った。

「なに」
「いいや、悪い。頼まれてくれるか?」
「だから、なに」
「恭弥にしか出来ないことなんだ」

だから、何――と若干イラつきを見せた雲雀にそっと耳打ちをしたディーノの足元では、ヒバードとロールとエンツィオがじゃれつきながら遊んでいた。





「お、恭弥」

学校を終えディーノが定宿にしているシティホテルを訪れた雲雀は、ロビーで見慣れた人物に遭遇した。
ディーノの右腕であり、キャバッローネファミリーの参謀を努めるロマーリオである。いつもはディーノの傍らでその身を支えているのが常だったが、今日は珍しく一人らしい。

「あの人は?」
「ああ、急に入った仕事を片している所だ。今は手が離せねぇが、直に終わるはずだ。紅茶と菓子を用意してやろう」

ロマーリオに促されて、雲雀は後に続いた。

「学校はもう終わったのか」
「うん」
「そうか。待たせて悪いな」
「いいよ、別に」

他愛のない会話をしながら、雲雀は隣の男を見上げる。
思えばロマーリオとこうして二人でいるのは、初めてだった。そして同時に些細な疑問が沸いてくる。この男もディーノと同じく、雲雀の顔を見るなり嬉しそうな顔をする。
一見常識人に見える彼も、ディーノと同じく変わった嗜好の持ち主なのだろうか。いわば、物好き。普通の感覚を持った人間なら、まず雲雀に近づこうとはしないだろう。

「怖くないの」
「は?」
「僕のこと、怖くないの」
「ははっ、いきなり何を言い出すかと思えば、そんなことか」

雲雀の杞憂をロマーリオは笑い飛ばした。普通なら腹立たしく思うところだが、不思議と嫌な感じはせず、それよりも自分がおかしいのだろうかとさえ思わせる空気が漂う。

「…そんなこと?」
「ああ。ボスに何か言われたか?」
「違うよ」

ディーノはそんなこと気にもしないだろう。雲雀だって、ロマーリオと二人でいなければ考えようともしなかった。

教師や生徒は自分を怖がるし、町の人間もそうだ。警察官や有力者でさえ雲雀を恐れる。
だが、ディーノを始め、キャバッローネ家の連中だけは違った。

雲雀の意図を悟ったロマーリオは、優しい笑みを浮かべた。

「そりゃボスのせいだな」
「あのひとの?」
「ああ。俺たちにとってはボスが全てだ。ボスが青だと言えばそれは青だし、黒といえば黒。命令には絶対服従が当たり前だ。その代わりボスは民を大事にする。5000の部下と多くのシマの連中を抱えた身でありながら、犬っころの変わりに銃弾を受けるような優しい坊ちゃんだ。今までわがままさえ言わなかったボスが、初めて回りの意見に逆らったのが――お前さんだ」
「僕?」
「ああ。まだ中学生で同盟ファミリーとはいえ、ボンゴレのお前さんをテリトリーに入れることに皆が最初から受け入れたわけじゃねぇ。中には反対まではいかねぇが、戸惑ってたやつも多い。だが、それもボスの人徳あってのことだからな。ボスの意志を継いで、実際に恭弥に会って――ボスの目に狂いはなかったとファミリーのやつら全員がそう思ったはずだ」

わずか中学生にして、あのヴァリアーを一瞬で打ち負かし、我らがボスでさえ手を焼く少年。そんな雲雀をいつしか皆が可愛がるようになった。

「…どうりで変な目で見られてると思った」
「ははっ、そりゃ悪かったな。あいつらも嬉しいんだろうよ。年が近いやつもいるし、弟が出来たみたいなんだろ」
「ふーん。あなたも、そうなの」
「俺か?俺の志はボスと同じだ」
「…ふーん」

初めて会ったときから、ロマーリオは雲雀をディーノと同じくらい可愛がった。だからというわけではないが、ロマーリオの事なら素直に受け入れてしまうように思う。
だからディーノのくだらない提案を受け入れたのだ。どうして自分がこんな面倒なことをしなければならないのか分からなかったが、約束は約束だ。
雲雀はロマーリオを見上げると、有無を言わせぬ口調で言った。

「ねぇ」
「ん?」
「付き合って欲しいところがあるんだけど」




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