大好きな場所2 「で?」 「…ええと」 「なにが、そろそろ起きるって?」 「…わりい」 ほんの数分間の空白だった。 二人が応接室に戻ると、先ほどまでデスクの上にいた3匹の姿はどこにもなく、蛻の殻だった。辺りを見回してもそれらしい形跡はなく、探しても見当たらない。扉はきちんとしまっていたし、出て行けるわけもない。唯一窓が少しだけ開いているだけでまさか――と思ったが、階下にも3匹の姿はなくほっとしたのも束の間、沈黙が漂った。 「あいつら、どこ行ったんだ?他に逃げ道なんて――」 ディーノが焦った声を出すと、隣から大きなため息が漏れた。 見ると、雲雀があきれたような眼差しを向けている。 「…エンツィオもかわいそうだね」 「は?」 「仮にも飼い主なんだろ?どこにいたってわかるんじゃないの」 何を言っているのかと思えば、雲雀がソファにかけていたディーノのブルゾンを手にした。出て行くときに暑いから、と投げていたものだ。 「きょう――」 「ほら、いた」 フードからころん、と転げ落ちたのは眠りこけていたロール、ヒバード、エンツィオ。 ゆうっくり目を覚ます3匹に、思わずディーノは苦笑いを浮かべた。 誰がクールで、冷たくて、関係ないなら「いらない」んだか。一発でどこにいるか見分けれるほど愛情豊かな飼い主など、そうそう転がっているものではない。 「ロール」 ロールが雲雀に気づくと、いつもとは対照的に怯え始めた。逃げ腰になる所を、雲雀が屈み目線を合わせ手を差し伸べる。 「おいで。怒ってない」 「キュ」 「怒ってないから」 「キュ?」 「うん」 「キュ、キュキュキュー!!!!!!」 優しく向けられた笑顔に、ロールが全力疾走で腕の中に走りこむ。 「キュキュ」 「うん、悪かったね」 「キュウ」 「いいよ、もう」 二人だけでやり取りされる会話には、互いにしか分からない絆が滲み出ているのだろう。微笑ましい光景に目を細めれば、服の裾をくい、と引っ張る何かがあった。 「クアッ、」 「エンツィオ。どうした?」 「クア♪」 「今日は、甘えただな」 ロールと雲雀を見て感化されたのだろうか。抱っこをせがむエンツィオに、ディーノは苦笑いを浮かべた。 「ったく、いくら恭弥に見つかるのが嫌だからって、そんなところに隠れるなよ。びっくりしただろ?」 「クアア」 「え?違うのか?」 ディーノが首を傾げると、助け舟を出すようにヒバードが囀る。 「スキ、スキ」 「え?」 「フード、フード!」 「フードってこれか?」 ブルゾンについているフードを見やり、エンツィオに視線を戻せば喜んでいる顔が目に入る。 「クア!」 「あなたも知ってたんじゃないの」 「知ってたって…フードか?」 雲雀が口を挟むと、ディーノは自分の身なりを改めた。確かにそうだ。エンツィオが来てから、フードつきのパーカーやブルゾンばかり身に着けている。エンツィオが転げ落ちないように、のぼりやすいような服装を心がけているのは確かだった。 それはすでに当たり前になっていてディーノ自身忘れていたことだし、何よりも知られているとは思わなかった。 「10年後のあなたもそうだったよ。似合っているとは思えないのに、ぼろぼろのフードのついた服を着てた。エンツィオのためなんだろ」 「…そうか」 10年後でも変わらない自分がいる――そう知ると、ひどく安心できた。 「クア」 「ん?そこがいいのか?」 エンツィオはディーノの手を離れると、また服をよじ登り、フードの中へと身を滑らせる。それにならってヒバードも入ると、ロールまで興味を示してきた。 「や、さすがに3匹は無理だろ…」 「だらしないね」 雲雀がロールもフードへといれてやると、さすがに質量が増すのかディーノが顔を顰める。 「ったく、仕方ねーな。ちょっとだけだぞ」 「クア」 「タノシイ、タノシイ!」 「キュウっ」 愛らしい鳴き声を背に、ディーノはようやく落ち着いて雲雀を見ると、そういえばと記憶を遡った。 「で、結局のところロールが食べたものは何だったんだ?もういいだろ?」 「……」 よほど言いにくいのか、雲雀は口元をきゅ、と結ぶ。 だが、ここで諦めては一生聞けないとディーノも必死だ。 「恭弥」 「…悪気はなかったんだと思うよ」 「ああ、それは分かってる。いったい何を食べたんだ?」 「あなたからもらった、リング。キャバッローネ家に伝わる家宝」 「な…」 「でも、良いよね。子供のすることだし。あなたもそう言ったよね」 「ロール!」 ディーノはフードの中で気持ちよさそうにしていたロールを鷲づかみにすると、 「出せ!今すぐ出せ!」 「キュッ?」 「あれはな、俺の一存じゃどうしようもできねーもんなんだ。頼むから、今すぐ出してくれ!」 「キュウウウウウウウウウウウウウウ」 穏やかな応接室の昼下がり。 室内にロールの声が鳴り響き、再び宥めるのに相当時間がかかった平和な日のことだった。 →リク内容:ディーノのフードに入るアニマル。気づかないディーノ、雲雀。 2012.06.25 |