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年の瀬が迫る、町並みが冬景色に変わり始めた頃。

いつものように学校を終えた雲雀がやってきたのは、ディーノが定宿にしているシティホテルの1室だった。
ほぼ顔パスで向うのは、最上階のスイートルーム。

並盛でもVIPご用達で有名な高級ホテルの最上階を貸切にするのは、ひとえに他人と群れたがらない雲雀の為らしく、ホテルの従業員もディーノの部下達も決して雲雀の前に姿を現そうとはしなかった。

つくづく自分に甘い男だ、と思う。

もちろん、マフィアの連中が一般フロアに常駐していれば一般客の迷惑にもなるし、それだけではないとは思うが、それでも雲雀にとってはこの状況はありがたいからディーノの好きにさせている。

彼がいない時でも書斎以外は好きに使って良いと言われているから、今日もバスルームを借りて少し大きめのバスローブに袖を通し、ふかふかのベッドでうとうと仕掛けた頃だった。



「だからさ、お前もそう思うだろ?」
「そりゃ、面倒だけどさぁ…。それが愛ってもんじゃねーの?」
「愛にも限度はあるって。遊んでるのは勘弁だけど、流血沙汰もたまらねーぜ。こっちもいてーし」


いつもは静寂を保つ隣室から、この場にそぐわない会話が聞こえ始めた。

どうやら交代でやってきたディーノの部下らしいが、雲雀が寝室で寝ている事に気付いてないらしい。
基本的に雲雀がいる時は、ディーノは幹部クラスの信頼の置ける人間しか置かないようにしていた。
というのも、初めのほうに雲雀の事をよく知らない部下が必要以上に構って、我慢の出来なかった雲雀が彼らを噛み殺してしまったのが原因だ。

それ以来、雲雀を良く知るものは誰も近づかなかったし、雲雀自身、自分を煩わせないのならば、どうでも良いことだが――

(うるさくて、眠れない…)

交わされる「処女」だの「初めて」だのといった単語は、耳慣れないものだったから、すっかり目が覚めてしまった。
まだまだ眠いのに、一瞬咬み殺してやろうかとも思ったが、同じように隣で寝ていたヒバードも起きだしたから気が殺がれてしまった。

「ヒバリ、オハヨウ」

「ふわぁ…君も起きたの」

小さく欠伸をしている間も、隣の会話は止みそうになかった。


「――だからさ、初めてだったら色々準備がいるし、手を出しにくくないか?」
「まあなぁ。ちょっと考えるよな」


下世話な会話だったが、他者に干渉しない雲雀にも珍しくひっかかった。
次第にその声が遠のいていったが、頭を占めるのは先ほどの他愛もない会話。

『初めてだと、面倒くさいよな』

雲雀には、まだそういう経験はもちろんない。
ディーノとはいわゆる恋人同士といった間柄らしいが、彼と触れ合ったことは一度もなかった。

寝る前や起きた時に頬やおでこに軽いキスをされたことはあるが、それはあくまでもフランクな外国人にはよくある、挨拶程度のもの。性的な感じは全くと言って良いほどしなかったし、それより先に進むこともなかった。

今までは、まだ自分が中学生だから身体の事を思って気を遣っているのか、それとも日本の法律を遵守しているのかとも思ったが――ここで初めてもう一つの可能性が浮かび上がってきた。

(――僕が、経験ないから…?)

雲雀自身は性的なものに対して特別興味はないし、したいとも思わなかった。
戦っていれば心も身体も満たされるし、必要もなかったから、この年になっても自慰すらまともにした事がないほどだ。

…だが、ディーノはどうだろうか。

直接聞いたことはないが、いつも雲雀を甘やかして大事にしてくれるのが伝わってくるばかりで、ディーノ自身の欲を感じたことがない。

雲雀が気にしないように気付かせなくしているのかもしれないが、それはそれで子ども扱いされているようでむかつく。

けれど、実際にそういう行為に及べば経験豊かであろうディーノが主導権を握るのは分かっていたし、翻弄されるのは我慢ならない。
優位に立てなくても、常に対等ではありたかった。

だから、雲雀からしたいという事もなかったし、かといって求められれば拒みはしない――と思う。

(ていうか、くだらない…)

こんな事で悩むのは、草食動物だけで充分だ――そう頭では分かっているのに、今はそのことが気になって気になって仕方がない。
すると、ヒバードが心配そうに雲雀の頭上を飛び回った。

「ヒバリ、ヒバリ?」

「ああ、なんでもないよ」

ヒバードを安心させるようにやわらかい羽を指先であやすものの、一度沸き起こった思考は止まってくれそうになく、そのこと事態に苛立ちと焦燥感が募る。

(あのひとの、せいだ)

自分がこんな事を考えるのも胸が苦しいのも、彼が何もしないから。

ディーノの、本心が見えない。いや、言葉にしすぎて本音がわからない。
どれが本当の言葉なのか。どれが本当の顔なのか。

一度芽生えた疑心暗鬼は、雲雀の頭から長い間留まってなかなか去ってくれそうになかった。


2011.11.16


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