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1月1日。
この日の予定は決まっている。一番の特等席で日の出を見て、屋敷に戻ったら京から取り寄せた食材を使ったお節料理を一人で食べる。そして黄色い鳥とねずみを伴って貸切の初詣を終えたらこたつでみかんを食べる。それが正月の過ごし方だ。

けれど、今年は違うらしい。
というのも、跳ね馬がいつもとは違う切羽詰った声で一緒に過ごしたいと何回も言うから、最後にはあしらうのも面倒になり彼のもてなしを受けることにした。別に絆されたわけではない。ただキャバッローネの接遇はそれなりに期待はできるし、亀のエンツィオや馬のスクーデリアがいるのは魅力的だ。
だから、12月31日の18時。ついでに夕食は特製のハンバーグを用意してやる。そんなディーノの誘いを受け、並盛中の屋上で待ち合わせをすることになった。

「ハネウマ、コナイ」
「…」
「サムイ」
「キュ」
寒風が吹き荒む屋上の真ん中で、雲雀は立ち尽くしていた。
時計を見やればもう21時過ぎ。彼此3時間が経とうとしていた。携帯を何度か見たが、着信履歴もメールも来ていない。かといって、屋上から見える車が横付ける正門付近はしん、と静まり返っている。
さすがに小さなくしゃみが出る頻度が増えてきた。だが、帰ろうとは思わなかった。ディーノは一見軽くていい加減に見えるが、実際のところ一度交わした約束は破らない。嘘もついたことはない。
約束を破ること。嘘をつくこと。それは雲雀が一番嫌いなことだった。
「それに、後で文句を言われたら面倒だ」
ヒバードとロールを胸元へ仕舞いこみ、雲雀ははぁ、と白い息を吐いた。きっと彼は息を切らして遅れてやってくるだろう。顔を真っ赤にして、土下座する勢いで謝り倒す。その事を考えると、自然と口元が緩んだ。
巨大マフィアのボスのくせに、一介の中学生相手にそんな真似をするのは彼くらいだろう。何度も好きだ、愛していると言う反面、ディーノが裏で雲雀には言えないような黒い真似事をしているのも当然知っている。雲雀自身はそんなことで動揺したりしないが、少しくらいは知らないふりをして付き合ってやるのも面白いかと思う。
「くしゅっ」
一際強い突風が起こり、身体がぐらりと揺らいだ。これから益々気温が下がってくるだろう。
「あのバカ馬…」
そして、5時間が過ぎようとした時だった。
携帯の着信音が鳴る。手にとって見てみると、それは紛れもなくディーノからだったが、ワンコールだけで切れた。しばらく待ってみるものの、それっきり変化はない。
「…?」
雲雀からかけたことはないが、これ以上無駄な時間を過ごすのはバカバカしい。仕方なく着信履歴からかけてみると、無機質なコール音の後聞きなれた声が聞こえてきた。
『恭弥、か?』
「そうだけど」
この声は常にディーノの傍にいる腹心で、雲雀とも親交のあるロマーリオだ。いつも冷静な彼にしては珍しく声音に焦りが窺える。
『外にいるのか?』
「あのひとは?」
ロマーリオは何も知らないらしい。雲雀は余計な話はせず本題を切り出した。聡明な彼なら、それだけで通じる。
『ボスか。今ちょっと寝込んじまってな。悪いが…』
「いつものホテル?」
『あ、ああ。そうだが』
「今から行くよ」
『来ても会えねーぞ。40度の熱が出て、今ようやく寝たところだ』
「構わない」
それだけ言って、雲雀は電話を切った。
恐らく無意識に雲雀に電話をかけたのだろう。へなちょこのくせに、無茶をする。
確かに高熱を出して寝ているなら、行っても無駄だし、約束も反故にできる。だが、あの時の切羽詰ったディーノの声がいつまでも止まず、頭の中で鳴り響いていた。このまま家に戻っても、うるさくてかなわない。一言くらい文句を言って、戦ってもらわないと雲雀の気が済まなかった。
「ハネウマ?」
「キュ?」
ヒバードとロールが顔を出した。
雲雀は口元を緩めながら、
「行くよ」
階段を使うのがもどかしくて、屋上からひらりと校舎を伝って飛び降りると、そのまま彼が定宿にしているホテルへ向かった。
雲一つない満点の星空には、大きな満月が光っていた。





「恭弥!」
「…部屋はどこ」
並盛の中央に位置する、ディーノが定宿にしているシティホテル。そのVIPルームの手前のフロアに雲雀が姿を現すと、ロマーリオが顔色を変えて駆けてくる。
「どうした、冷え切ってるじゃねーか」
「別に」
血の気をなくした雲雀の顔色は病人のように白く青ざめていた。両頬に手をやろうとすると、案の定ぱしん、と強く振り払われる。
「もしかして、ボスと約束でもしてたか?」
「…約束、なんてものじゃないけど」
曖昧な返事に、ロマーリオが大きく肩を落とす。
いつも淡白で揺るぎない雲雀が惑いを見せるということは、後ろめたさの現れ。長時間外で待っていたと考えれば、雲雀がこんなにも冷たくなっているのにも納得がいく。
「そりゃ悪かった。何時から待ってたんだ?」
「別に待ってない」
「ロクジ、ロクジ」
雲雀がそっぽを向けるのとほぼ同じタイミングで、ヒバードが答える。
「六時!?そんな時間から待ってたのか?」
「…たいしたことないって言ってる。それより、あのひとはどこ」
重ねて告げられる言葉にロマーリオは嘆息し、それでも自分のジャケットを雲雀にかけながら促した。
「こっちだ」
「邪魔。いらない」
「ダメだ。肩も冷え切ってるだろ。でないとボスに会わせられねーぞ」
「別に会わせてくれなくても良いよ。勝手に行くから」
「おいおい、勘弁してくれ。腕ずくは避けたいんだがな」
二人のやり取りをみて、何事かとマイケルやボノが寄ってくる。確かにロマーリオの言うとおり、ここでやり合うのは得策ではない。今度は、雲雀がため息をつく番だった。
マイケルとボノに向き合うと、黄色い鳥とはりねずみを差し出した。
「この子達に暖かい湯浴みとご飯を用意して」
「は?」
「聞こえなかったの」
「ロ、ロマ。どういうことだ」
さすがにロマーリオほど従順にはなれないらしい。半ば無理やり小動物を押し付けられて、二人はロマーリオに助けを求める。
「悪いな。ルームサービスで適当なものを注文してくれるか。確か好物は…ちくわだったか?」
「クピ♪」
「あと、小さな洗面器に熱い湯を張って入れてやってくれるか」
「あ、ああ…。それは良いが」
二人が躊躇しながらも頷くと、雲雀は小動物を撫でながら、
「大人しくしてるんだよ」
「ピ!」
「キュウ!」
そのまま踵を返す少年に、3人の大人は苦笑いを浮かべるしかなかったのである。







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