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駅前で風とイーピンに似合いそうな花束を購入し、小高い丘の上に佇む一軒家を目指すと、リボーンはふと青空を見上げた。
もう日は傾きかけているが、山の裾から見え隠れするオレンジ色の夕焼けがひどく眩しい。
思えばこうして立ち止まって辺りを窺うのはどれくらいぶりだろうか。

あなたは気配だけで物事を捉えすぎです、そう風に窘められたのは出会ってすぐの頃だ。
拳法の達人――だという知識はあった。だが、所詮素人の集まりのままごとのようなものだと重要視していなかった。そんなリボーンの背後を初めてとったのが、風だった。

『殺気も消せるんですよ、こういう風に』

首筋にあてられた手刀の影で、にこりと微笑む風の顔を真っ直ぐに見たのはその時が初めて。
普段は物静かで優しい風貌をしているくせに、リボーンに向けられた双眸はひどく怜悧で冷たくぞくり、とした。
得体がしれないという言葉がまさにぴったりなほど。
それから、彼がとんでもない使い手であることは共に任務をこなして知ることになった。
そして、他人に干渉せず冷酷なリボーンの心を溶かしていったのも風だった。

『あなたは、アンバランスすぎるんですよ』

冷たいかと思えば、優しい。
優しいかと思えば、冷酷。

それはこっちの台詞だ、と何度やりとりしただろうか。
そして時間が出来たときには風の住まいに身を寄せるようになり、弟子である少女のイーピンにもひどく懐かれた。
勘のよい少女だから、恐らく風の想いが伝わったのだろう。
真っ直ぐに向けられる裏のない愛情と笑顔に、優しさを知ったのはつい最近。
初めは邪魔なものだと思った。だけど直ぐに悪くないとも思った。
強さの裏にある、優しさという名の無垢な気持ち。
だからこの青年は強いのだと。
そしてそれはリボーンにも必要なものなのだろう。

「風?」

扉を軽くノックすると、中からは静けさだけが木霊した。
しばらく待っていても返答は無い。予定よりだいぶ早いから留守にしているのかとも思ったが、誰かのいる気配は感じられ案の定ノブは簡単に回った。
静かに敷居を跨ぐと、何度も訪れた居間を除く。
すると、そこにいたのは――

すや、すや、とソファで眠る少女の姿。
そしてその傍らでは上半身を預けるようにして同じように風が眠っていた。おそらく寝かしつけている間に自分も眠ってしまったのだろう。
今日のこの日のために抱えている仕事を全て終わらせたのはヴェルデから聞いて知っている。
その証拠に、気配を消さずに近づいても全く起きる気配が無いほど、風は深い眠りに落ちていた。

「風」

声をかけるとさすがに少し身じろいだが、直ぐにまた寝息を立て始めた。キッチンからは美味しそうな香りがたちこめ、テーブルの上は綺麗に飾られている。
そんな他愛の無い、けれど自分は疎ましいくらい愛しさの溢れる光景を見て、胸が締め付けられる。
何度もおきた葛藤だ。こんな甘い空間に浸ってはダメだという、葛藤。
けれど何度も乗り越えてきた。
それが甘さというのなら、それ以上の強さを身に付ければ良い。それこそ、誰も太刀打ちできないほどの。

それは全て風から教えられたものだった。
誰も信じないリボーンが、少しずつ愛を知った。溶け込んでしまうほどの愛情をと密な時間を、穏やかに育んだ。
出会わなかったら一生知ることの無かったものを、両手で抱えきれないくらいたくさん――。

リボーンも同じように傍らに腰を下ろすと、二人の寝顔を見ながら口元を緩ませて目を閉じた。

「Buonanotte・sogni d'oro」

次に目が覚めたら、こう言おう。

Buongiorno――おはよう、と。
はちきれんばかりの笑顔を浮かべる少女と、少しだけばつの悪いはにかんだ笑みを手向けてくれる愛しい存在に向かって。

ありったけの想いを込めて。

2012.10.13



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