1 「おししょさま、おししょさま」 キッチンで風が食事の支度をしていると、いつもより早くイーピンが目をこすりながらやってきた。 「イーピン。もう起きたんですか」 「いい、匂い」 くんくん、と鼻を突き出す少女の姿に風が苦笑いを浮かべた。 いつもの朝食と並行して作っていたものが、レンジの中から芳しい香りを漂わせ始めたのだ。匂いに誘われて目を覚ましたのだろう。 「起こしてしまいましたか、すみません」 「ケーキ!」 「ええ。今日は誕生日ですから」 風の言葉に少女はしばらく考え込み――やがて、ぱあああ、と顔を綻ばせた。 「リボーンの誕生日!」 「ええ、そうです。イーピンもリボーンは好きですもんね。プレゼントも用意してたんでしょう」 「!」 イーピンはぱたぱたぱた、と台所を出て行くと、直ぐに何かをもって戻ってきた。綺麗にラッピングされたそれは、小さな体で抱えるのが精一杯なほど大きなプレゼント。 イーピンのお小遣いだけで買えるはずも無いそれは、半分は風が出資したが、聡明なイーピンのこと。きっとリボーンが喜ぶものを選んだに違いない。 「リボーンも喜びますよ。夕方には来れると言ってましたから、イーピンも手伝ってくれますか?ケーキは用意できましたが、買出しや飾りつけもありますし」 「はい、おししょさま!」 くるん、と大きな瞳を輝かせて笑う少女に、風も自然と笑みをこぼす。 そしていつものように食器棚から、二人分の食器を用意し始めた。 普段は何を考えているか分からない、無敵と恐れられているアルコバレーノ。マフィア界の最強であるヒットマン。 そんな彼でも、落ち着ける場所がある。 『ここに来ると、嘘みたいだな』 自分がヒットマンで、誰からも脅威の存在として常に狙われている身なのが。それ故、巻き込まないようにと最初は躊躇していたリボーンも、風の強さとイーピンの無垢な愛情に次第に絆されていった。 『私を誰だと思ってるんですか。それに、あんなにも慕っているイーピンを裏切るのは許しません』 そうだな、と苦笑いを浮かべて。 『風は強いな』 『ええ。あなたが思うよりはずっと』 だから、決めた。 彼に誇れる自分でいようと。彼とイーピンのために強くなる――それが、強さの源。誰にも汚されないように。 「おししょさま、用意できました」 「ありがとうございます。では、朝食にしましょう」 「ハイ!」 元気よく席に着くイーピンに続き、風は窓の外を見やった。今日は天気も良いから、散歩がてらいろんなものを買いに行こう。そして、リボーンの好物をたくさん作るのだ。 目を丸くするほどのご馳走に、とっておきのワインとプレゼントも添えて。 (そう、リボーンがびっくりするくらい、たくさんの) せめてこの場所にいる間だけは、落ち着いて寛げますように。 背中を気にせずに預けてくれますように。 ささやかな願いを込めてそう願っていると、レンジがチン、と派手な音をたてて鳴り響いた。 →リボーンside |