同じ空の下で(ツナ誕2012/2718) 沢田綱吉が狙撃されたという報せは、その日の深夜にボンゴレ本部に届けられた。 幸い急所を外し命に別状はなかったが、それはたまたま本部に立ち寄った雲雀の耳にも自然と入ることとなる。 (全く何やってんだか、あのボスは) 綱吉と出会ったのは、かれこれ10年前。 ダメツナと呼ばれていた綱吉も10代目の名に相応しい変貌を遂げ、最近では畏怖の念を抱かれる存在として噂が一人歩きするようになった途端、これである。 右腕である獄寺や山本が不在とはいえ、情けない。 (それに) 雲雀はちらりとカレンダーを見やった。本部の中央エントランスに掲げられているそれは日本のもので、イタリア建築の内装にひどく似つかわしくない。 このアンバランスがほっとするんですよ、と栗色の髪を揺らしながら告げられたのはつい最近だ。 そして、続けて口元が緩やかに踊るように、 『見てください。10月14日』 『なに』 『俺の誕生日です』 『生憎余計なものを貯蓄する脳は持ち合わせてないんだ』 『もう、ヒバリさんてば。じゃあ、まるつけておきます。ほら、ここに。そしたらカレンダーを見るたび思い出すでしょう?』 『…プレゼントでもせしめる気』 『違いますよ。ただ、思い出して少しだけ想ってくれるだけで良いんです。俺が生まれた日のこと。そうでないと』 ヒバリさんにも出会えなかったんですから。 そう笑顔で紡いだ綱吉に何も言わず、雲雀はその場を後にした。 あれくらいで気分を害したりしないことは知っているし、例えそうだとしても関係ないことだ。 けれど。 いつも騒がしい綱吉がいないと、無性に気持ちが悪い。 胸にぽっかりと穴が空いたような、不思議な気持ち。 これには、覚えがある。未来を過去に託したときに計画を練ったとき。今まで当たり前にいた存在が、急に視界から消え去ったときと同じ感覚。 この感情を何というのか、雲雀は知っている。それも綱吉から教えられた、数少ないもののうちの一つ。 「哲」 雲雀は胸元から携帯を取り出すと、腹心の男へ呼びかけた。 すると、間を置かず直ぐに「はい」と慎ましい返事が返ってくる。 「今日のこの後の予定は全部キャンセルする」 幸い、草壁でも代用できるものばかりだ。察しの良い部下は雲雀の意図を汲み、独自の判断で動くだろう。 「それから、」 少しだけ迷い、窓の空を見上げた。目を覆うほどの晴天。 きっと彼も同じ空を見上げているだろう。そう思うと、ひどく優しい気分になれた。 「至急用意して欲しいものがある」 ただの気紛れだ。こういう日が1日くらいあっても良いだろう。 そう思い込むと雲雀は携帯をしまい、急いでその場を後にした。 * 昔から、あの人の凛とした姿勢が好きだった。誰もかも排除し、染まることの無い漆黒のオーラを常に身に纏い、孤高の存在として君臨する様は気高く、美しかった。 10年の歳月を経て尚、それは色褪せることなく綱吉を支え続けた。 直接守られているわけでも、助けられているわけでもない。ただ彼がそこにいるだけで、救われる。巨大組織のトップに君臨する立場の自分がなにものにも負けないように、彼が傍にいるだけで、名に恥じない自分であるために――その存在が何よりの支えだった。 「ん…」 綱吉が目を覚ますと、室内は暗闇に包まれていた。窓から漏れる月明かりだけが灯りを灯している。ここに運び込まれたのは夜明けごろだったと記憶しているから、ほぼ1日寝ていたことになる。 ぼんやりと辺りを見回すと、目に飛び込んできた光景に心臓が止まりそうになった。 綱吉の肩口で頭を預け、眠っている青年の姿。それは、紛れも無く―― 「ヒ、バリ…さん?」 「ん…」 綱吉の動揺に、雲雀もうっすらと目を覚ます。そしてふわあ、と欠伸を漏らすと、 「起きてたの」 「いえ、今起きたところです。ヒバリさんはいつから…」 「ちょっと前だよ。君、良く眠ってたし。僕が暗殺者だったら死んでるね」 「仕方ないじゃないですか。麻酔を打ってましたし」 こんなことが言いたいのではない。綱吉は起き上がると、痛みに顔を顰めながら、 「というか、なぜここに?今日は中国へ飛ぶと言ってませんでしたか」 「まあね。魔が差したというか」 「は?」 「いいから、寝てなよ」 「え?ちょ、」 雲雀は無理やり綱吉をベッドに押し戻したが、隙をつかれて手を引かれそのまま上半身が綱吉に覆い被さる形となる。 当然、綱吉は顔を歪ませた。 「…っ」 「何してるの、君」 「だって、せっかく来てくれたのに、帰るんでしょう」 「仕事の話をしたらね」「嘘です。仕事の話なら電話やメールでも済みます。わざわざ出向くのは面倒だと言ったのはヒバリさんですよ」 そのために、特別なセキュリティを組み込んだ綱吉と雲雀専用のネットワークを構築した。獄寺や山本でさえアクセスできないほどの。 「君も言うようになったね」 「誰が仕込んだんですか。ほら」 綱吉はもう一度ぐい、と手をひく。先ほどより密着したからだが熱く火照る。 体がというよりは、心臓だ。どくん、どくん、と血液が流れるのが分かる。鼓動が飛び出しそうなくらいやかましい。 「音がする」 雲雀がぽつり、と呟く。 どうやら同じ事を考えていたらしい。互いの心臓の音が響きあうほどのノイズ。 これを静める方法は互いに一つしか知らなかった。 雲雀と綱吉は顔を見合わせると、どちらからともなく唇を寄せた。最初は軽く触れ合うだけ。それが段々濃厚さを伴い、綱吉が熱さに負けて舌を絡め取る。 「んっ…」 「ヒバ、リさん…」 舌先をつつくと、雲雀は少し逃げ腰になった。綱吉は躊躇することなく絡め取ると、雲雀の腰を抱き寄せながら、思う存分味わう。どちらか分からない唾液が二人の衣服を濡らしたが、そんなことは気にしてられなかった。 「…っ、も、う…」 「まだです」 離れた唇を再度強引に奪うと、綱吉は乱れた衣服からするりと指先を忍び込ませた。 冷たい外気に体がびくり、と震える。 触るだけ。そう思い胸の飾りを掠め取ろうとした矢先。 ガコン! どこに隠し持っていたのか、後頭部をトンファーで殴られた。 「った…!」 「しつこいよ、君」 「だって、久しぶりじゃないですか」 雲雀は拘束から逃れると、ベッドから立ち上がり衣類を正す。 「発情したボスの相手をしてる暇は無いよ。帰る」 「ヒバリさん…。もう少しだけ、いてもらえませんか」 あと2分で日が変わる。そうすれば、14日――綱吉の誕生日だ。 「…僕には記念日とかイベントとかどうもで良いけど、君が気にするなら1年に1度くらいは甘やかしてあげても良い」 「覚えててくれてたんですか」 「あんなしるしをつければ、誰だって気になる」 「ありがとうございます」 緩やかに笑う綱吉に、雲雀は静かに口元を緩めた。 カチ、という静かな音と共に長針と短針が重なると、雲雀は胸元から小さなリングを取り出す。 「あげるよ」 「…なんですか?」 「風紀財団のリングだよ。僕の気を込めた。今度そんなへまをすれば、そのリングが君を咬み殺すから覚えておいて」 「助けるじゃなくて、咬み殺されるんですね。ヒバリさんらしいです」 嬉しそうに笑む綱吉に、雲雀はゆっくりと立ち上がった。 「今日が君の生まれた日というなら、少しくらいは祝ってあげても良い。君ほど咬み殺し甲斐のある人間はいないからね」 にやりと笑う雲雀に、綱吉は微苦笑を浮かべた。 「それは光栄です。ありがとうございます」 「じゃあね」 「おやすみなさい、ヒバリさん」 おやすみ、と綺麗な口元が言葉を象りその姿は消え去った。 素っ気無さは相変わらずであるが、わざわざ祝いの言葉を託しに来ただけでたいした進歩である。しかも、何より力になるプレゼント付き。 「ありがとうございます」 指輪にちゅ、と軽くキスをすると綱吉は再び横になり目を閉じた。 出会った頃はそれこそ会話もままならかった。傍にいることさえ出来ず、咬み殺されてばかりの日々。 それが時を経てボンゴレというささやかな接点を持ったことで、触れ合うことを許してくれるまでになった。体を繋げ、心を通わせ、絆を育む。 そんな当たり前の関係を1年ずつ、1年ずつ築いていける幸せが、今ここにある。 だから、とその時のことを思い出す。 雲雀が自分についてきてくれると誓ったあの日のこと。仕方ないからボスとして認めてあげると約束してくれた、かけがえのない日のことを――。 (今回限りだ) もうこんな失態は起こさない。二度と雲雀を煩わせたりはしない。 そして、何よりも恥じない自分でありたいから、今まで以上に強くなる。 (誰にも負けない強さを、手に入れてみせる) 目を瞑った先の最愛の人の姿を浮かべ、心にそう決意した。 2012.10.14 Buon Compleanno! 二人の遠慮のない関係が大好きです。 |