幸福のしるべ(ザン誕2012/ザンヒバ) それは雲ひとつない秋晴れの日のことだった。 いつもは静寂と平穏に包まれた応接室。 派手な深紅の高級車が乗り入れたかと思うと、やがて校舎内にやかましい怒声が響き渡る。 「ヴォォォイ!ヒバリぃ!!!」 叫びながら扉をぶち破ってきた侵入者に、部屋の主である雲雀恭弥はむくりとソファーから起き上がった。 ただでさえ賑やかな場を拒み礼儀を重んじる雲雀にとって、彼ーースクアーロの来訪は気分を害するもの以外のなにものでもなかった。 「突然なに」 「てめえっ、よくも無視しやがったな!!」 「なんの話」 雲雀が眉を潜めながら尋ねると、スクアーロは唾を吐き捨てた。 「ふざけんなあっ!もう一ヶ月も便りをやってるのに、全く変事を寄越さないってのはどんな了見だ!」 「ああ」 そういえばしつこく手紙を毎日送り続けていた輩がいた。てっきりいたずらかと思っていた。 しれっとそう告げると、目の前の青年はさらにこめかみに皺を深く刻む。 「てめえぇ!ボスからの手紙を無視すんじゃねえっ」 「ふーん、あのボスがあんなくだらないことを?」 「なんだと…?」 「いいね、やる気?」 スクアーロが雲雀の挑発に乗り、目の色が変わったのを見逃さなかった雲雀はトンファーに手をかける。 「上等だああああ!」 そしてスクアーロも構えを見せたとき。 「ちょっとちょっと!何やってんだよ!」 「そーですよー。忘れたんですかー?」 突然現れたベルとフランが二人の間に割って入ると、呆れたようにスクアーロを見やる。 「ベル、フラン。何しに来た」 「何、って。ボスの命令に決まってんじゃん。無傷でヒバリを連れてくる、って」 「そうですよー。傷をつけるとボスの機嫌が悪くなるから、やめてもらえませんかー?」 「うるせぇ!俺一人で充分だって言ってんだろ」 「…ちょっと」 騒々しいやりとりに、低い声が唸る。 今までやり取りを聞いていた雲雀である。 「君達まとめて咬み殺してやろうか」 「冗談。ボスに殺されるっての」 「それはどうかな。君達に僕の相手が務まるとは思えないけど」 好戦的な雲雀にスクアーロは上等だと戦闘体制になり、それをベルが抑える間に、フランが雲雀に近づいてきた。 「ちょっといいですかぁ?」 「……」 カエル頭の少年を不審げに見ながら、雲雀は眉を顰めた。 だが、フランが向かったのは雲雀ではなくデスクの上で一部始終を見ていた、小さな小鳥。 「これ、一応渡しておきます。今度は無視しないでくださいねーって言っといてもらえますか?」 「テガミ!テガミ!」 「そうでーす」 ヒバードが手紙をくわえるのを確認すると、フランは呆然としているベルとスクアーロの背中を押しながら、 「ほら、帰りますよ」 「フラン、てめぇっ」 「あんな鳥に渡してどーすんだよっ」 「はいはい、黙っててくださいねー。お邪魔しましたー」 ぴしゃりと閉められた扉を呆然と見ながら、雲雀は肩に止まった小鳥に息を吐く。 「受け取らないよ」 「ヒバリ、テガミ」 「君も風紀の一員なら、少しは考えて」 「ダイジ、テガミ!」 構わず嘴を向けてテガミを突き出すヒバードに、雲雀は根負けしたように肩を落とした。 「ダイジ、ダイジ!」 「分かったから、黙って」 小動物に根負けした雲雀は、諦めたように受け取ると、その違和感に眉を顰めた。 「?なに、これ」 「ピ?」 封を開けると、中には何も入っていなかった。ただの封筒だけの、手紙。 「…ふざけてる」 ヴァリアーの幹部が、こんないたずらをしにわざわざやってきたというのだろうか。呆れてものも言えない。 封筒を破り、捨てようとしたその時だった。 「…!?」 応接室の中に突如冷気が入り込んできたかと思うと、目の前に現れたのは、見覚えのある巨体。 「へぇ、魔法かなにか?」 「…カスが」 その男――ザンザスは不機嫌を露わにしながらも、雲雀に少しずつ近づいてきた。粗野で人を気遣う事を知らない男が、雲雀の反応を窺いながらゆっくり近寄る様は、ひどくアンバランスにも見える。 自然と、雲雀の足は後ずさる。 トン、と壁に阻まれた状態でも、ザンザスは表情を一つ変えず壁に両手をついた。 「なんの、真似」 「返事は」 「だから、なんの」 「何度も寄越しただろーが」 イタリアから、エアメールで。 不機嫌な眼差しがそう答えると、雲雀は盛大に大きくため息をつく。 「…あんな字読めるわけないでしょ」 そう。手紙に書かれていたのは、全てイタリア語。生憎雲雀は英語と日本語しか理解は出来ない。だから、というわけではないが返事をせずに全て破り捨てた。何を書いていたかも知る由はない。 瞬間、ザンザスがばつ悪そうに視線を逸らした。まさか言葉が通じてなかったとは思っていなかったらしい。 「なら、今聞かせろ」 「だから、なに――」 身動きの取れない状態で雲雀が睨みつけるように顔をあげると、ふいに顎を取られた。 自由になる手で振り払おうとした瞬間、それより早く片手で両手を頭上に纏め上げられる。 「っ!」 「あと1年5ヵ月後、迎えを寄越す。イタリアに来い」 「は?何言ってんの、1年5ヵ月後って――」 「うるせぇ」 「だから…」 尚も悪態をつこうとする口を、ザンザスが苛立ったように自分のそれで塞いだ。 「ん…っ、」 顎を捉えられ、手を拘束されている未では抵抗の仕様がない。ザンザスは口内を充分味わうと、次の瞬間、すばやく飛びのいた。 雲雀が唯一自由になる足で蹴り上げようとしたからだ。 「…っ、なんなの」 「覚えておけ。1年5ヵ月後だ」 肩で荒く息を繰り返す雲雀の様子に、ザンザスが初めて口元を緩める。 そしてマントの裾を翻すと、ゆっくりと姿を消した。 おそらく、フランが持ってきた手紙に込められた幻術だろう。一瞬にして姿かたちは、すっかりと跡形もなく消え去ってしまった。 「…なんなの、いったい…」 唇を拭いながら、雲雀はカレンダーを見やった。 1年5ヵ月後。今が10月だから――3月だ。3年の、3月。ちょうど卒業式目前。 「イタリア…」 ザンザスは、イタリアといった。 そして、それは恐らくヴァリアー本部があるイタリアを差しているのだろう。 代理戦争中、ザンザスが雲雀を気に入ったという事は何度も告げられている。けれど、彼から直接聞かされたことはないし、これからも関わることのない存在だと思っていた。 (ザンザス) ボンゴレが抱える、最強の独立暗殺部隊。 人間業では到底クリアできないような任務を、いかなる状況でも完璧に遂行している集団。 そして、騒がしい群れ。 「…知らないよ、そんなこと」 まだ感触の残る唇を指で確かめながら、呟いた。 (関係、ない) 心に残らないはずの感触があたたかい、とか。 鼓動がいつもより激しい、とか。 むかつくはずの男の顔がいつまでも消えない、とか。 全部ぜんぶ――気のせいに決まっている。 雲雀は全てを排除するように、頭をぷるぷると振った。そして、床に落ちたままのザンザスの香りが残る手紙をゴミ箱に叩き付けると、手当たり次第に校則違反者を咬み殺してやろう、と応接室を後にした。 2012.10.10 ボス、Buon Compleanno! 代理戦争で笑い飛ばしたところからきっと雲雀さんのことは気に入ってるに違いないって妄想でした… フランがいるのは仕様です…設定パラレルっていうことで。 |