願いが届く場所で(2720←骸)


※遠距離ディノヒバ前提、雲←骸
※ボンゴレイタリア邸
※設定パロ、七夕


「――こんな所にいたんですか」

半年に1度の定例報告会を終え骸が姿を見せると、案の定目の前の麗人は眉を顰めた。
質の良い淡いパープルのシャツと漆黒のスーツを纏った青年は、窓の桟に腰をかけながら足先で小鳥と戯れている。
昔の因縁は深く根付いているようで、忘れたという割に不機嫌そうな表情は今も変わらない。
だが、骸にとって悪い気はしなかった。いつも無表情な彼、雲雀恭弥が誰かに対し感情を表に出すなど滅多にない事なのだから、それが自分だけかと思うと自然と口元が緩む。

――いや、自分だけではないか、と思い直す。
この5年間ずっと彼の傍にいた男も、彼の感情をコントロールすることの出来る存在だった。それこそ様々な表情を自由自在に。

尤もそれは骸とは正反対の立場で、だが。

「隣に座っても?」
「…」

予想どうり返ってくるのは沈黙だけだったが、構わず隣に腰を下ろした。ぴくりと身体がわずかに反応するものの動く気配はない。顔を見るなり逃げていたことを思えば、大した進歩である。
それほど彼のテリトリーに入り込むのは難しかった。

「ムクロ、ムクロ」

空気を読んでか、今まで黙っていた黄色い小鳥が骸の名を呼ぶ。手を差し伸べると、ヒバードはほんの少し躊躇を見せたが、ぱたぱたと指先に止まった。

「君は相変わらずですね」
「ピイ!」
「雲雀君も元気そうですね」
「ヒバリ、ゲンキ!」
「この後はここに泊まるんですか?」
「カエル、カエル!」
「…ちょっと」

他愛のない会話を交わしていると、さすがに隣から冷たい声が振ってきた。

「変なこと聞かないで」
「おや。気になりますか?君が喋ってくれないから」
「必要ない」
「じゃあ、この子に聞くことにします」
「…くだらない」

さすがに機嫌を損ねたのか、雲雀は立ち上がると背中を見せた。瞬間、骸がスーツから伸びた腕を引き止める。

「短冊。ボスが君の分も用意してましたよ」
「…あんな群れに用はないね」

隣の部屋ではボスである綱吉の発案の下、七夕の行事が執り行われていた。笹に願いを書いた紙をくくりつけて祈るとそれが叶う――という、古来から伝わる伝統行事だったが、今年で3年目になる。
もちろん今まで雲雀が参加したことはないが、骸は祭りごとが嫌いではない。だからこそ雲雀にも参加して欲しいと願ったが、案の定一蹴されてしまった。

「それは知っていますが、願い事はないんですか」
「しつこいよ。――離せ」
「願い事を言ってくれたら離します」

身を捩ると、骸の手に力がこもった。腕力では適わない。そう察した雲雀がトンファーに手をかけようとした時だった。それよりいち早く動いた骸が、小鳥の小さな身体を両手でぎゅっと捕らえる。

「ピイッ?」
「これではどうですか?」
「…何のつもり」

凛とした眼差しが、鋭い凶器に変わるのは想定内だった。骸はにっこり微笑むと、

「人質――いえ、鳥質です」
「…頭でも悪いの」

真顔で返す骸に、雲雀は頭を抱えた。

「こうでもしないと君の本気には適いませんからね。まあいいでしょう。ここで構いませんから願い事書いてください」
「やだって言ってる」
「この鳥がどうなっても?」
「君に傷はつけられないだろう」
「おや、嬉しいですね。信頼してもらえているとは」

でも、と骸の指先が小鳥の羽をつまむと容赦なくもぎ取った。瞬間、ヒバードが悲鳴をあげる。

「ピ!」
「信じてもらえるのは嬉しいんですが、僕は君のためならなんだって出来るんですよ」

にっこり微笑みながら告げる骸に、雲雀は手を差し伸べた。

「…紙とペン。だから、その子を離して」

ほら、雲雀は優しい。
こうなることが分かっていた骸は、嬉しそうに笑んだ。きっとこんな彼の表情を見ることが出来るのは、自分だけ。
あの跳ね馬ならこんなことはしない。きっと泣き落としてそれでも駄目なら――自分が彼の願いも小さな紙に忍ばせるだろう。
ただ一人だけに向けられている、目の前にある屈辱にまみれた悔しい眼差しは、骸をぞくぞくさせた。

紙を受け取った雲雀は観念したのか、黙々と何かを書いている。元来素直で真面目な性格だ。一度決めたことは決して覆さないし、適当に放り出すこともしない。そこが可愛いのだが、とにやけているとまた睨まれてしまった。





夜空に浮かぶ満天の星。
見上げると今にも織姫と彦星の逢瀬が浮かんで来そうなくらい眩しい夜空に、雲雀は骸が持ってきた笹の葉にきゅ、っと短冊を結びつける。
「コナイ、コナイ」

肩に止まっているヒバードが窓の外を見やりながら言った。

「あの人は、今日は来ないよ」
「ウマ、ウマ」
「そう。来ない」

ロマンチックな思考の彼は織姫と彦星の話を聞くなり、7日には会いに行くと言い出した。7日まで日本で仕事をして急いで会いに行く――など、この距離を近所とでも勘違いしてるんじゃないだろうか。
くだらない余興にも付き合ったしロマーリオから着くのは日を過ぎると聞いているから、これ以上ここに留まっていても仕方ないだろう。

「帰るよ」
「カエル、カエル!」

意味もわからずに、ヒバードが喜んで羽をパタパタさせた。
願い事は、ただひとつ。
どうしても自分に出来ないことがこの世にあると思わなかったが、もし叶うのならば、一度くらい小さな紙切れに託しても良いかと思った。




「あれ、恭弥は?」

ディーノが姿を現すと、そこにいたのはワインを片手にソファに腰かけている骸だけだった。足元には紙切れがいくつも散乱していて、窓の傍には小ぶりの笹竹が飾られ色とりどりの短冊が華やかに映る。

「もうとっくの昔に帰りましたよ」
「そうか。遅くなったからな」

元々約束していたわけではない。ディーノも綱吉に用事があったから真っ先にボンゴレへ足を運んだが、雲雀が待っていると最初から思ってなかった。
ディーノがネクタイを軽く緩めると、目の前にグラスが差し出される。鮮血の色をしたワインは、骸の自前らしく見たことがない銘柄だった。

「どうですか?」
「ああ、もらおう」

口に含むと程よい酸味とかすかな甘みが口内に広がった。甘みのあるルビーグレープフルーツや白い花の香りが心地よく、悪くはない味だ。
その時、不意に骸と視線が重なった。細く緩む双眸に僅かな羨望の色が浮かび、ディーノは眉を顰めた。彼がこんな曖昧な表情を露にするのは珍しい。

「俺の顔になにかついてるか?」
「いいえ。それより、あなたもどうですか?短冊に願い事」

唐突に告げられ、ディーノは小さく笑った。

「ああ、七夕だったな。お前も書いたのか?」
「いいえ。でも彼は書いてましたよ」
「彼?」
「ええ。雲雀君。真剣な眼差しでね」

さすがにディーノの表情が変わった。まさか、と目が見開かれる。

「恭弥が…?嘘だろ」
「いいえ。本当ですよ。願いも可愛いものです」
「知ってるのか?」

少しずつディーノから余裕に長けた笑みが欠け始めた。骸は内心にやりと笑うと、

「ええ。なんだと思います?」
「…さぁな。けど、知ってるか?願いは口にすると叶わなくなる。だからきかねぇよ」
「気にならないんですか」

骸が試すように言うと、今度はディーノが笑う番だった。

「ああ。確かに恭弥はあまり言わないが、見てれば分かる。俺にはな」

きっぱり言い放ったところで、綱吉が入ってきた。ディーノを見るなり久しぶりに会う兄貴分を慕うように駆け寄ってくる。

そんな二人の傍で骸は肩で息を吐いた。
確かにあの雲雀を操っているディーノらしい答えだ。そして一見冷たくて他人に無関心な雲雀が願う、ただひとつの祈り。

『日本とイタリアが近くなりますように』

願いがこめられた短冊が、窓から漏れる隙間風でゆらゆらと揺らめいた。
決して叶うことのないそれが、いつか天に届くように――と、骸は自分だけが知る蜜言を、心の中にそっと仕舞い込んだ。

2012.07.09→2012.07.12




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