7 風が目を覚ますとまず暗闇が飛び込んできて、次に慣れない薬品の匂いが鼻腔を擽った。 (ここは…医務室?) 室内は遮光カーテンで覆われており、暗闇に視界が慣れて来た頃、主に看護師が治療に使う採血室である事を知る。 なぜこんな所に――と立ち上がろうとして、拘束されている事に初めて気づいた。手首と両足をしっかりとロープで縛られていて、危うく転びそうになる。 まさかこれもヴェルデ達の仕業、だろうか。 (…ここまでするとは) 誰かが傍にいる雰囲気は感じないから、風をどうこうしようという訳ではなくリボーンの足止めをするのが目的だろう。演習を軽く見る気は毛頭ないが、彼らを甘く見ていたのは事実だ。 だが、このままここで大人しくしているわけにはいかない。どうにかしてロープが外れないかと必死に身体を捩るがそれは緩くもならなかった。なにか特別な力を施しているのだろう。恐らくは、マーモンの幻術。 せめて連絡だけでも出来れば良いのだが――。 辺りを見回して、ふと椅子の上に無線機が掛けられているのが見えた。自分の分はいかれてしまっているが、あれならばリボーンに連絡が取れるかもしれない。 風はそう思って、もう一度身体を動かし始めた。 * 「わー!!!降参だ、降参っ!」 会議室でリボーンに追い詰められたスカルは大した抵抗をする間もなく、あっさりと両手をあげて降参のポーズを取った。 「諦めはえぇぞ」 「うるさいっ!ヒバリにも殴られたんだ!これ以上痛い目見てたまるか!」 「ヒバリに?」 ヴェルデの入れ知恵か、と悟る。 確かに風の弱点といえば彼が可愛がっている雲雀だ。リボーンにさえその関係性は明かしてくれないが、気づいた時から二人は一緒にいた。 だが、その雲雀にも返り討ちにあったらしい。 「それに、その目が怖いんだ!」 「普通だぞ」 確かにリボーンの態度は落ち着いているし、傍から見るとその様子はいつもと変わりない。 けれど目が据わっているのは一目瞭然だし、紡がれる軽口の一つ一つがやけに重たい――のは気のせいではない。 「誰だ、こんなリボーンを見たいって言ったのは!」 「うるせぇ」 そして遠慮なく殴られる。 「いてっ、風の居場所なら教えるから、許してくれ〜!」 「それは出来ねぇな。お前らには散々振り回されたし、さすがに容赦しねぇ」 見てみると、リボーンの頬にはいくつかの擦り傷があった。 一般の生徒相手ではこうならないだろうから、きっとヴェルデやマーモンが何かしでかしたのだろう。 ――尤も、それでもリボーンには適わなかったみたいだが。 スカルが風のいるメディカルルームまで案内する間、リボーンはスカルの両手をしっかりと拘束していた。 「相当疑り深くなってるじゃねーか、リボーン」 「誰のせいだ?それよりも今日はとんでもねぇことしてくれたな。事情によっては…」 胸元から黒光りするものを取り出すと、スカルが慌てふためく。さすがに拳銃を前にすればスカルでなくとも落ち着いてなどいられないだろう。 「いやいや、さすがリボーンさん!風を盾にしたらちょっとは動揺するかなーって」 「仮にも俺がそんな安易な罠にかかると思うか」 「でも、ちょっとは効いたんじゃないですか?怪我、いつもよりは多い気が…。あああ、嘘です、すみませんっ、リボーン先輩っ」 じろりと睨まれて直ぐにスカルは撤回した。相変わらず情けない男である。 ただ、スカルのいうことは間違ってはいない。目で確認できるだけでもリボーンはかなりの怪我を負っていた。一つ一つは大した事ないし、かすり傷程度だがいつもなら有得ないほどだ。 ふと、リボーンが足を止めた。 「リボーン?」 リボーンが上の方を見上げて、微動だにしないのをスカルが不思議そうに首を傾げる。そうしてリボーンの眼差しを追ったその先に飛び込んできた情景に、目を見張った。 「え?あれ、風?」 そこには、8階の窓からぶら下がったまま今にも落ちそうな風の姿があった。 「な、なんで…って、おおい、リボーンっ!」 いきなり駆け出したリボーンの後をスカルは慌てて追ったのだった。 * 「…っ風、大丈夫か…っ」 わずかに繋がれた手を離すまいと、ヴェルデは必死に手を伸ばし堪えていた。 「ヴェルデ…手を、離してください」 「そんな事、出来るか」 言いながらもヴェルデの額には脂汗が浮かんでいる。 ほぼ同じ体格である風をその腕一つで支えるのには、限界がある。それでもヴェルでは繋いだ手を離そうとしなかった。 「元々は…私の、せいだからな」 「…ヴェルデ、」 そこには風の良く知っている、幼い頃の優しいヴェルデがいた。 あの後、何とかロープから逃れた風だったが、その際に棚の上から薬品が落ちてきて小火が起きた。 気づいた頃には消火できないほどにまで広がってしまい、逃げようにも部屋には外鍵や幻術が施され、仕方なく窓から飛び降りようとしたのだが、足を滑らせてしまった。そんな所を助けてくれたのが、今回の元凶であるヴェルデだった。 「…っ」 汗でずる、っと手が滑る。もう限界なのだろう。このままではヴェルデも落ちてしまう。 この高さではいくら武道の達人である風でも無事には済まないだろうが、二人犠牲になる必要はない。 風が無理やり手を離そうとした、その時。 「ヴェルデ!手を離せ!」 「え?…って、リボー…ン?」 ヴェルデの言葉に視線をやると、リボーンが両手を広げているのが見えた。 「俺が抱きとめてやるから、離せ!」 「え…だ、だが」 さすがにこの高さとはいえ、落ちる人間を受け止めるのにはかなりの抵抗力があるはずだ。 ヴェルデが躊躇していると、リボーンの強い言葉がそれを吹き飛ばすように届く。 「大丈夫だ!」 「分かった。風、離すぞ」 「え、ええ…」 ちら、と横目でリボーンを見ると確かな強さと安心感のある眼差しが頷いた。 (リボーン、、) そうして手が離れたかと思うと、そのまま意識を手放してしまった。 2012.2.28 |