安らげる場所(リボ風/風邪) あつくて、くるしい。 息が上手くできず、頭もひどく重い。 あついかと思えば、寒くて寒くてたまらない。 大抵の事には耐えてきたし、弱音を言葉にするほど弱くないと思っていたのに。 (…さむい、) こんな時に頭に浮かぶのは、決まってあのひとの顔。 ――ん、ふぉん…。 遠くで、自分の名前を呼ぶ声がする。 聞きなれた、暖かく強い声。 名前を紡がれるだけで、自然と湧き上がってくる強さ。 ――じょうぶか…おい。 普段は滅多に感情を露わにしないあの人の、心配そうな声音。 こんな弱々しい、不安に満ちた声は初めて聞くような気がする。 (あなたでもそんな声、出すんですね…) それが、何だか嬉しい―― 「フォン!」 ぎゅぎゅぎゅ!!!! 耳元で大きな声がしたかと思うと、急に頬に痛みを覚えた。 目をうっすら開くと、眼前に広がる視界に呆然としてしまう。 「???リボーン…?」 なぜ彼が、ここに? いつも目深に被っている帽子から見え隠れするリボーンの表情は風を見て、安堵したようだった。 そして両頬を掴んでいた手を離す。どうやら、痛さの原因はこれだったらしい。 「起きたか?大分うなされていたぞ」 「ええ…すみません」 言いながらリボーンは、少し赤くなった頬を優しく撫で、起き上がろうとする風を優しく制した。 「いいから寝てろ」 「いえ、大丈夫…」 「きかねぇぞ。熱が高いし喉も赤く腫れてるだろ」 「どうして…」 リボーンとは最近会ってないし、風邪を引いていることを匂わす仕草もしなかったはずだ。 一体どうして――と思考を巡らしてみれば、頭に可愛い弟子の姿が浮かんだ。 「イーピンですね。今日、修行を中止してしまいましたから」 無理をしてしまうことは簡単だが、人一倍勘の良い彼女の事。 風の体調不良をすかさず読み取るだろうし、なによりも彼女に風邪をうつしたくはないからと適当に理由をつけて修行を先延ばしにしたのだが、結局のところ心配をかけてしまったらしい。 「分かってるなら、なぜ俺を呼ばない」 「え?だって、あなたは仕事があるでしょう?迷惑かけれな――」 最後まで言わず、リボーンの指が額をはじく。それはとても弱いものだったが、風には甘いリボーンがこんな真似をすること事態、珍しい。 思いのほかリボーンは怒っているらしく、眉間に皺を寄せていた。 「バカ言ってんじゃねぇぞ。迷惑くらい、かけろってんだ。イーピンも死ぬほど心配してたぞ」 「すみません…」 リボーンのいうとおり、あの愛くるしい少女が不安そうな眼差しを浮かべているのを想像するだけで、心苦しい。 また自分は失敗してしまったらしい。 風は自分を覗き込むリボーンの眼差しを真っ直ぐに捉えながら、 「リボーン、お願いが…」 「なんだ?」 「イーピンの事、お願いできますか?きっと、泣いてる…と思います」 「…もうとっくに引き取って家で寝てる」 無骨な口元が、機嫌悪そうに紡いだ。 彼女があまりにもおししょさま、おししょさま、とうるさいので早々に寝かしつけてきたのは、数時間前の事。 風の事は俺に任せろと言ったら、それまでの動揺とは裏腹にすぐに落ち着いてくれた。よほど彼女にとって、自分の立ち位置は風にとって心強いものらしい。 直接話す機会は少ないが、彼女なりに風の信頼関係を受け継いでいるのか、意外に不器用な師匠の心情を察することに長けているのか。 どちらにしても、風の可愛がる弟子の純粋に慕ってくる姿は可愛いとは思う。 「そうですか…。すみませんでした」 「いや。他には何かあるか?」 リボーンが問うと、風は何か言いたげに口を開きかけては、躊躇した後閉じた。 こんな風に曖昧な風は珍しい。 「どうした?言いたいことがあるなら、はっきり言え」 「あの、リボーン…」 風が布団を深めに被り、口元を隠す。 よほど言いづらいことなのか聞き取れずに、リボーンは顔を寄せた。 「どうした?」 またイーピンの事じゃねぇだろうな、と病人に接するには厳しすぎる瞳を向けると、服の裾をいつもとは違う弱々しい指先が引っ張る。 「…風?」 「しばらく、ここにいて…ください」 熱のせいなのか羞恥のせいなのかは分からないが、風の顔は真っ赤に染まっていた。 「いるだけで良いのか」 「手、握って」 熱が相当あがってきたのか、風の声が途切れ途切れになってくる。 そっと差し出された手を両手で握ってやると、やがて安心したように寝息を立て始めた。 「…ったく」 いつも、このくらい素直だと良いのに。 いつでもどこでも「大丈夫です」しか返って来ない風の態度は、気にかかっていた。 もっと周りに助けを求めればよいのに――なんて言葉は、彼の真髄をしるものなら決して言えないことだが。 汗で張り付いた前髪を優しく払ってやりながら、リボーンは今だけしかいえない言葉を口にした。 「お休み。起きるまでついててやるから、良い夢を見るんだぞ」 それが聞こえたかどうか分からないが、風が少し笑ったような気がして、リボーンにも自然と笑みを分け与えた。 願わくば、今だけでも人の温もりと安らぎをそのまま感じていて欲しい。 いつも頑張っている君に、極上の幸福を――。 2011.11.25 |