花弁の舞う頃に〜Buon Compleanno〜(2215D誕/all) 梅のつぼみがほころぶ季節となり、春の訪れが待ち遠しくなる頃。 ヒバードの散歩がてらいつもは滅多に通らない表通りをゆっくり歩いていると、いきなり黒塗りのベンツが横付け車内に引きずり込まれる。 「!?」 「ピィ!」 慌ててヒバードも雲雀の肩に飛び乗るが――拘束しているのが見知った顔だと知ると嬉しそうに周りを飛び回る。 「ロマ、ロマ!」 「悪いな、急に」 「ほんとだよ。なんなの、これ」 無理やり掴まれた腕を振り払い、ほんの少し乱れた服を正すと、車の主――ロマーリオを軽く睨みつけた。 いつも穏やかでディーノの傍に佇む彼は、雲雀のそんな所作さえもお見通しのようで、落ち着いた仕草は変わらない。 「ああ、ちょっと緊急を要することでな」 「…なにか、あったの」 彼が動くことといえば、ディーノ以外ありえない。しかもディーノ抜きで雲雀に接触してくるのは至極珍しい。まさに、言葉通りの緊急レベルだ。彼に何かあったとしか思えない。 「向こうに着いたら話すから、黙って着いて来てくれねぇか?」 「向こうって…いつものホテル?」 それにしては窓に映る景色が違う。既に高速道路に入り、湊へ向っている。 この先にあるのは――。 「…まさか」 「ああ。ちょっとイタリアまで来てくれるか」 * 一日の半分をかけてイタリアに着いた頃、辺りはすっかり夜が明けていた。 「…まさか、本当にこんな所まで連れてくるなんてね」 「ウマ、ウマ」 「キュキュー!」 無理やりこんな所まで連れて来られて、苛立ちは絶好調だったが、ヒバードとロールが嬉しそうにはしゃぐ様を見て、その気も次第に殺がれていく。 「君たち、わかるの」 「ヒバード、スキ!」 「クピィ!」 イタリアなんて雲雀でさえ一回しか来た事がない。それなのに、小動物たちが分かるくらいここにはディーノの痕跡がある。 彼が身に纏う空気だったり、漂っている匂いだったり。 だから、見知らぬ場所に近いのになぜか不思議と嫌な感じはしなかった。それどころか懐かしいと感じる程なのだから不思議だ。 ロマーリオは用事があるからしばらくここで待っててくれと言われたが、一向にその当人は姿を現す気配はない。 (むかつく…) 待たされるのは嫌いだ。 とりあえずディーノを叩き起こして部屋でも用意させようと門扉を抜けようとした時だった。 「恭弥!どこ行ってたんだ?」 名前を呼んだのは、見覚えのあるディーノの部下。確か、ディーノはマイケルと呼んでいた。 どうやら雲雀がここに来ているのは暗黙の了解らしい。 「…今来たばかりだけど」 「そうか!ギリギリ間に合ったな。とりあえず、早く来い!」 ヤダ――と言う間もなく数人の男に引っ張られて、正門からエントランスを抜け階段を上がった場所で、籠いっぱいの花弁を押し付けられる。 「??????なに、これ」 「もう少ししたらボスが来るからな、来たらそれを2階から散らしてやんな」 「何で僕が――」 冗談じゃない、とそのままぶちまけてやろうと思ったが、ロールとヒバードが楽しそうに花弁を咥えて待機してしまったので、何とか怒りを静める。 「ヒバリ、ヒバリ」 「クピィ」 「…マフィアってのは暇なんだね」 朝っぱらからこんな事をするなんて。 「今日は特別だぜ。なんたって、ボスの誕生日だからな」 「誕生日…」 ぼんやり呟くと、マイケルが苦笑いを浮かべる。 「なんだぁ?忘れちまってたのか?」 「あのひとがうるさいから、嫌でも覚えてたよ。ただ」 「ただ?」 祝って欲しいとも言われなかったから、大して気にしてなかった。 たとえ言われたとしてもするつもりはなかったけれど。 (――でも) 「あ!来たっ」 マイケルの呼びかけで、ディーノが欠伸をしながら姿を現したころを見計らって――花びらのシャワーが緩やかにふわあっ、と舞い降りた。 ひらり、ひらり。 ゆっくりと可憐に舞い踊るそれはまるで皆の幸せを込めているようで、花のような笑顔が多く咲き乱れた。 「…??はなび、ら?」 「ウマウマ!」 そして黄色い小鳥が花弁をくわえ、ディーノの頭上にぽす、っと降り立つ。 「ヒ…ヒバード?」 なぜここに――と思う間もなく「Buon Compleanno!」の祝いの言葉と共に名前を呼ばれて頭上を煽った。 「…きょう、や?」 呆然としている所へ、隠れていた部下たちがわっ、と集ってくる。 「Buon Compleanno!」 「ボス、すごい頭だな!」 「ピピ!」 「…お前ら。大したサプライズだな」 「眠気も去っただろ」 そう茶化すのは、雲雀をここまで連れてきたロマーリオだ。ワインを手に祝いの賛辞を述べると部下達にそれを振舞い始めた。 「まさか、恭弥までいるとはな」 「とんだ迷惑だよ」 本当にこのためだけにわざわざ自家用ジェットを飛ばす、キャッバローネファミリーの気が知れない。 「ボスの栄養剤だからな。仕事が溜まってんだ」 「おいおい、それじゃ俺がサボってるみたいだろ」 「毎晩国際電話かける暇があるなら、仕事しろ」 痛いところをつかれて、ディーノは肩を竦める。 「ぶぉん…こんぷれあんの…?」 「え?」 「イタリア語でそう言うの?初めて知った」 ふわぁ、と欠伸をしながら雲雀が口にすると、ディーノは嬉しそうに笑みを灯す。 「Buon Compleanno、な。さんきゅ、恭弥」 「ヴォン、ヴォン!」 「ああ。ヒバードもさんきゅ」 「クピイ」 「ロールも」 「クァ!」 「エンツィオはさっき言ったろ?」 エンツィオとロールを抱き上げ、頭にはヒバードを載せている姿は、とてもマフィアのボスには見えない。 きらきらしたハニーブロンドには、色とりどりの花弁が舞い散っていてさすがの雲雀も苦笑いを浮かべずにはいられない。 辺りを見回すといつの間にかエントランスからは誰もいなくなっていた。 ロマーリオが気を利かせたのだろう。 「びっくりしたけど、こういうサプライズなら嬉しい」 「…もうヤダよ」 「ははっ。そう言うなよ。お前のときもすごいサプライズを考えてやるからな。楽しみにしてろよ」 「いらない」 そういうと思った、とディーノは嬉しそうに笑う。 なんでだろう。 なにもしていないのに、言葉を交わしているだけなのに、この人の笑顔は魔法のようだ。 ぽかぽかする。あたたかな、おひさまのような。 「本当は、咬み殺してやろうと思ったんだけど」 「おいおい…」 「でも、違ったから。この子達も楽しそうだったし、たまにはこういうのも面白いね」 にこりと微笑む雲雀に、ディーノは目を細める。 そして、額にゆっくり唇を近づけて、キスをしようとしたら手のひらで防がれた。 「なんだよ?」 「見てるからだめ」 「見てるって…こいつらか?」 視線をヒバードとロール、エンツィオにやれば言葉どうり無垢な眼差しが集中する。 「お前ら、あっち向いてろ」 「ヤダヤダ」 「キュー」 「クア」 だが、小動物はディーノが相手をしてくれると勘違いして余計に傍にやってくる。 これでは、蜜な時間など過ごせそうにない。 「仕方ねぇな…。まぁ、後でゆっくりいただくとするけどな」 「それ、笑えないよ」 「るせ。しばらくは滞在できるんだろ?」 「アイスが食べたい。ケーキが食べたい。とりあえず寝たい」 「ああ、すぐ用意させる」 自然に肩を抱かれて、そのまま二人揃って踵を返す。 小さい足跡もそれに連なって。 こんな気持ち、知らなかった。 ディーノの幸せな気持ちが伝染して、群れの中にいても穏やかに笑むことが出来た気持ち。 「ねぇ」 「ん?」 「――誕生日、おめでとう」 不意に向けられた何気ない笑顔に、花弁が舞い。 弾む心に、灯がともった。 2012.2.4 |