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「悪かったな」


草壁があらかたの事後処理を終えた頃、ディーノが緩やかに揺れる髪の毛を滴らせて戻ってきた。

服装に乱れはないが、情欲の強い眼差しと水の雫で光るハニーブランドで何があったか一目瞭然だった。

「恭さんは?」

「ああ、今は寝てる。しばらく休んでて大丈夫だろ?」

「ええ、もちろんです」

ディーノと抱き合った後、雲雀はしばらく誰の前にも姿を現さない。

それがディーノの独占欲なのかどうかはわからなかったが、普段から妙な色香を放つ主に困っている草壁にとってはありがたかった。

ただでさえ、無意識に他人を惑わすことの多い雲雀だ。
周りに及ぼす影響力をもう少し自覚してほしい、と常々思っているのだが、それが到底無理なく話である事も分かっている。

(あの恭さん、だしな…)

だが今頃はディーノの言うように、ぐっすり眠れているだろう。

いつもそうだった。

雲雀は、ディーノに抱かれたあとなら安心して警戒心を解き、その腕の中で眠ることが出来る。
常に張り詰めた緊張感を纏っている彼が、ディーノに抱かれてる時だけ。

草壁は顔をあげると、余計な詮索は一切せずに、

「何かお飲みになりますか」

「いいや、大丈夫だ」

「そうですか」

いつものやりとりにほっとするのも束の間。

ふと、草壁は違和感に気づいた。

そういえば―――ディーノが来てから、ずっと感じていた焦燥感が消え去っていた。

二人が抱き合ったという事実を知っても、雲雀に対して頂いていた密かな想いは完全に断ち切られたように感じる。

(そうか…)

初めて二人の仲を知った時も、こんな気持ちだった。

ずっと傍にいて、大事に仕えて――それでも積み重なる気持ちを持て余していた草壁の葛藤を、ディーノが払拭してくれたのだ。

どうしようもなかった行き場のない想いを、断ち切り導いてくれた。

(恭さんだけじゃない…)

草壁にとってもディーノは、迷いや惑いから救ってくれるなくてはならない存在だった。

だから、心の底から強く思う。
太陽のような眩しさと、強く正しい光を放つこの人が、雲雀の傍にいてくれて本当に良かった。

雲雀を大事に、対等に接してくれて。

何もかも包み込むあたたかさと優しさで守ってくれる彼は、まさに大空そのものだった。

それは、かけがえのない、主人の大切な場所―――。


「あの、ディーノさん」

「ん?」

「差し出がましいのですが…これからも恭さんを頼みます」

深く礼をすると、ディーノは一瞬目を見開いて――照れたように笑った。

「お前に言われると何だか変な気分になるな。まるで、花嫁の父から言われたみたいでさ」



「――誰が、花嫁」

背後から低い声がして、ディーノが先ほどとは違う笑みを携える。

「恭弥。もう起きたのか?ちゃんと寝ただろうな」

「寝たよ」

時間にすれば充分な睡眠など取れてないだろうが、雲雀にとってはディーノと過ごす密な時間が何より安らぎを与えてくれるのだろう。
先ほどよりは遥かに顔色がよくなり、頬に赤みがさしている。

「身体は大丈夫か?」

「…まだ、痛い。あなたがしつこいから」

「悪い。久しぶりだったから、つい」

そんな甘いやり取りをしていると、どこかへ行っていたヒバードが舞い戻り、今まで眠っていたエンツィオもディーノの身体をよじ登り始める。

「ヒバリ、ヒバリ」

「クァッ」


そんな、いつもの光景。


他愛のない幸せを噛み締めながら、草壁はそっと部屋を後にした。


いつまでも主の周りに優しい風が吹きますように。
愛しい気持ちを抱いてくれますように、と願いを残して。


2012.1.5


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