Y お土産

「アレス発見」
「あ?」

 音もなく勝手に部屋に入り込んできて人の事務仕事を邪魔して来たのはベルだ。ししし、と言いながらそこしか見えない口元は三日月のような弧を描いている。何が発見だ、私の部屋で。

「いや、何で部屋に入って来てんの?」
「だって王子だし」
「いや意味分からん」

 概ね私が鍵でもかけ忘れたのだろう。流石のベルでも勝手に鍵をガチャガチャして開けるような事まではするまい。いや、するな……。

「で、何の用?」
「ん?別に何もねーよ。仕事の邪魔しに来ただけ」
「出てけ」

 用もないのであれば暇だから遊びに来てみたということだろう。そして彼にとっての遊びは雑談と殺し合いしかない。この会話に飽きたらナイフが飛んでくるのは考えるまでもないことだ。これまでに何回もそんな目に遭って来た。

「つれねーの」
「私は忙しいからね、電卓叩いてる時に話しかけないで」

 私は今月末の決算をしているのである。本部に必要経費を隊毎にまとめ、全ての隊のものをまたまとめて請求するのがヴァリアー会計担当の仕事の一つである。それが私だ。今は全ての隊の請求額を計算し直す作業をしている。

「あー!用事できた!」

 急に大声を上げるのに体がびくっとなる。ベルは平たく言うと気分屋だ。その時感情で動く為、突然大声を上げることもある。煩えな、スクアーロほどじゃないけど。

「ねえ、この間の土産は」
「この間の土産?」
「日本行ってきたんだろ、ボスと2人で」
「あ、……ああ」

 そういえば、あの時はベルに任務を代わってもらったのだ。XANXUSとの日本旅行が楽しくてついつい忘れていた。確かに、これはお土産を用意すべきことである。

「すまん、買ってない」
「ええー!楽しみにしてたのにー!きっとアレスならオレが喜ぶモン買ってきてくれるって信じてたのになー!」

 めちゃくちゃ棒読みで訴えてくるベル。言っていることは正しいのだが、それにしても厚かましい。私が用意すべきものではあるが、強要されるべきものでは無いだろう。めんどくさい。

「アレス今日任務あんの?」
「……さあ」
「ねえんだ、ししし」
「……」

 確かに私は今晩は任務が無い。だからこそこの日に事務仕事を済ませようとしているのだ。
 そもそも毎日任務があるわけでは当然ない。ボンゴレの害となるような存在がそう毎日出現してもらっても困るし、いたとしてもヴァリアーの力を使わず本部で何とかしろという感じであるし、ヴァリアーが出動すべき任務であっても幹部の私が出る程のものといったら全てではない。つまり幹部だと人を殺す機会は減る代わりに一回一回の任務のレベルは上がるだけなのだ。

「1人じゃ寂しいだろうからボスにも聞いてきてやるよ」
「え、XANXUS巻き込むの?」
「そもそもその場にいてオレへの土産を考えなかったボスも悪ぃしね」
「巻き込み激しいぞ」
「嵐だもん」
「だもんじゃねえよ」

 こいつは、本当に困った奴だ。そもそもXANXUSは呼んでも来ない。その代わりに自分の気が向いた時に呼び出すのだ。こちらの都合は聞かず、自分の都合で動く。それが赤ちゃんたる所以なのだ。
 そそくさと私の部屋からベルが出て行く。どうせすぐ戻って来るのだから、その間になんとか仕事をしなければならない。

 昔の私は計算など知らなかった。自立して自分で仕事を得るようになってから独学で計算をしつつお金の管理はしていた。最低限生きていく為の計算能力は身につけていたのだ。
 けれどヴァリアーに入って本格的に勉強することとなった。XANXUSの命令でスクアーロから問題集を貰い、それをひたすら解く生活が始まったのだ。眼から鱗の計算式達を前に私は興奮したのを覚えている。私が変な方法でやっていた計算が、そこでは簡潔にまとめられていたのである。
 そしてみるみる算術スキルを上げた私は今では会計職を任されるまでになった。理論的に考える癖が付き、任務においても作戦を考えるのに少しは役立ったと思う。

「アレス、ボスもオッケーだってさ」

 今度もまた音もなく入り込んで来たベルの報告に戸惑う。あのXANXUSが誘いに乗っただと……!?何かの罠なのではないだろうか、との考えに至るのは自然なことであった。

「ほら、早くしないとボス怒るよ」
「ええ…」

 ひとまず本当であった時の為に準備をすることにした。ベルは着替えるから出て行けと無理やり追い出した。

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