\-vi 出生異聞奇譚vi ディアナ

「女は勉強などしなくて良い。より良い家と結びつき、弊社の発展に貢献することこそが仕事だ」

 これが父の口癖だった。お陰で昔から数多のパーティーに出席させられていた。良い学校には入れてもらえていたが、在籍するだけ。ほとんど通わせては貰えず、会社の発展に貢献できる女としての振る舞いをただただ叩き込まれていた。
 私はこれに不満を抱いていた。学校に通いたい。友達を作りたい。共同生活を送りたい。そんな夢は叶わず、とうとう16歳になると親が選んだ相手と結婚させられた。相手は23歳。こちらも自動車メーカーの御曹司らしく、技術共有の為の政略結婚だった。
 せめて結婚をすれば外の世界に出られるのかもしれない、と淡い期待を抱いていた。しかし、そんな幻想はすぐに打ち砕かれ、私は結婚して3ヶ月でとうとう逃亡した。

 外の世界を知らない私は生きていく為に何が必要なのかを分かっていなかった。とにかく金が必要だということは分かっていたが、それを何に変えたら良いのかが分からないのだ。外は自社製の車がたくさん走っていて息苦しい。
 列車に乗って遠くに行き、宿を見つけ、そこで食事を提供して貰えば良いのではないかと思い列車に乗った。乗り方は分からず駅員さんに聞いたのだが、それは省略する。

 やって来たのはどこか遠くの街。一応イタリアから出てはいないようだが、何も知らない地で宿住まいの生活をした。しかしお金は減っていく物で、とうとう底をついたところで宿屋の主人に連れて行かれたのが娼館。娼館で寝泊りする生活が始まったのだ。

 旦那と体は重ねて来た為初めてではなかったものの、毎晩違う男と体を重ねる疲労は徐々に蓄積した。身体的にも精神的にも疲れきった時、私に助けの手を差し伸べてくれたのがアレッシオ。初めて愛を知ったのだった。

 ほどなくして子を宿してしまった。誰との子だろうかと不安になりながらもアレッシオに支えられ産む決心をした。娼館の女将の許可も得て、1年の休暇をもらった。
 産まれた子を見て確信した。この子は私とアレッシオの子だと。綺麗な金色の髪が彼によく似ている。まだ汚れを知らない無垢な存在である彼女は大切にしようと心に決めた。

 しかし、問題がある。私は家出の身。この子の出生届を出すとなると、私と旦那の子として出さねばならなくなる。また、私の居場所がバレてしまう。私が家出したお陰で技術共有の話は頓挫したのだろうか。全くニュースでも聞かない。
 この子を、このイタリアの地で生きる人間として認めさせてあげられない。この子を大切にしようと決めたのに、幸せにしてあげることは私には出来ないのだろうか。産んでしまったのが悪いのだろうか。そう思いこの子を見ると、目が合い微笑んでくれたように思えた。私は何と悪いことを考えてしまったのだろう、と自分を戒めた。

 そして、真実の愛を見つけ、暖かく生きてほしいという願いからヴェリタと名付けることにした。ここではヴェリタと私の日常を綴る。



 ここまで読んで手帳から目を離す。これが本当に母が書いたものなのであれば、恐らくこのヴェリタという子は私であり、その父はあのアレッシオと推測される。
 母は私が産まれる前のことなんて話してくれなかった。そりゃそうだ。こんな過去があれば。私はてっきり彼女は口減らしの為に売られたのだと思っていたが、真逆であった。

 では一体なぜ母は私を残して死んだのだろうか。続きを読んだが、それについては明記されていなかった。ただ私が立っただの歩いただのという成長が書かれてあり、少し恥ずかしくなった。
 そして最後の1日には「私はもう長くない。この手帳はアレッシオに預け、ヴェリタに渡してもらうことにする。そうしたら、ヴェリタはようやくアレッシオの元で幸せになれるのだから」と書かれてあった。これこそあのボスさんがこの手帳を持っており、私に渡した理由なのだろう。
 この部分には何やら違和感がある。ただこの違和感の正体は分からなかった。

 そして気がついたら目から涙が溢れ出ていた。この涙の理由は何なのだろうか。涙なんて流すのはいつぶりなのだろう。ヴァリアーに入ってから泣いた記憶はないし、母が死んだ時も涙は出なかった。

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