\-i 出生異聞奇譚i 人違い

「ディアナ……?」

 久々に仕事が全く無い休日を迎え楽しく街へ繰り出したら、見知らぬ男に腕を掴まれて声をかけられた。どうやら誰かと勘違いしている様子で、驚いた表情をしている。いやいや私の方が驚いているんだけどね。

「人違いかと。私はディアナさんではありませんよ」
「あ、ああ、失礼」

 そう答えると男は頭を下げて去って行った。それにしても何故あの人は、

「母を知っているんだろう」


 私の母はディアナと言った。可愛らしい栗色の髪を垂らしながら綺麗な紺碧の瞳で私を見下ろしていた顔は今でも目を閉じると浮かぶ。とても綺麗な女性だったと記憶している。最後に顔を見たのは10年以上も前のことであるし写真なども残っていないから、詳細な顔は思い出せないのだが。
 母は知識を持たない人であった。教育に恵まれなかったのだろうか。娼館で身を削りながら私を生み育ててしまい、医療に辿り着けず死んだのだから、余程世間を知らなかったのだろう。会話をした記憶もほとんど無いのだが、優しい表情で私と接してくれていた気がする。

 私は成長して顔が母に似てきたのだろうか。だからあの男は生前の母を私と見間違えたのだろうか。母と関わりを持った男なんていうのは多いのだろう。源氏名を使っていたのかも知らない為、あの男は母の昔の客であった可能性が高いだろう。まあ、分析したところで私には関係の無い事なのだが。


「なんて事がありまして」
「あら、新手のナンパなんじゃないの」
「ししし、アレスに声かけるとか趣味悪いね」

 ルッスとベルが談話室で暇そうにしているのを見かけてそこに混ざり、先程の事を話した。その失礼な金髪は置いておいて。

「母親の顔も覚えてないから間違えられるくらい似てるかも知らないんだよね」
「でもさ、本当に母親と見間違えたんだとしたらそのデカいのは遺伝って事になるな」

 怖〜と言いながらベルは腕をさする。私の身長は170cmくらいある。それに加え常にヒールを履いている為、合わせて180cmくらいにはなる。確かに大きい方であることは認めるが、そんなに言うほどではないはずだ。とことん失礼な奴である。

「ま、アレスは普通にしてたら綺麗だものね、普通にしてたら」
「何でそこ2回言ったの?私は綺麗で強いお姉さんなんだけど?」
「オレ今イラッとした」
「イライラにはカルシウムよお」

 そう言ってルッスが立ち上がる。ベルが続けて口を開いた。

「アレスに声かけるとかどれだけ欲求不満だったんだよ。うける」
「え、ヤリモクだったの?よくこの美人にワンチャン狙ったわね」
「その美人ネタそろそろきつい」

 ベルは人を揶揄うのが好きで、よくそっち方面に話を移す傾向がある。私は何でも聞けるし乗れる人間だから良いが、苦手な人相手だったらどうするのだろうか。そもそもそんな人とベルは会話しないか。

「ほどよくやれそうな所を狙うらしいのよね。私には考えられないわ」

 ルッスが帰って来た。どうやら飲み物を取りに行っていたらしい。コップを並べてアイスティーを注いでくれる。ありがとう、と言いコップに口をつけた。

「オカマの狩り情報聞いてねえし!」
「だって適当な所に妥協したら一晩損することになるのよ。折角なんだから楽しみたいじゃない」
「まあ欲情出来る相手じゃないと無理なもんは無理だよな。アレスは無理」
「私もあんたは無理なので結構」

 さっきから私は何も言ってないのに勝手に振ってくるこいつは何なんだ。例え他に人間がいなくなったとしてもお前とはやらんわ、と考えつつXANXUSが頭を過ってしまった。ちょっと頭からまじで消えてほしい。

「んま!私もアレスは守備範囲外だけど、とても可愛い女の子だと思うわ」
「私を女扱いしてくれるのはルッスだけよ!」
「オレだって女扱いしてんじゃん」

 オレの女扱いは私を無下にする女扱いなのでここではノーカウントだ。女として私を暖かく扱ってくれる扱いの事を指しているのだ。私をきちんと女として見てくれているのはルッスと、あとXANXUSだろうか。でなければあんな事……。いや!何を考えているんだ。彼を見てムラッとしなくはなったが、やはり定期的に頭に浮かぶ。

「私そろそろ部屋戻るわ。またね」

 そう2人に告げて談話室を後にする。ルッスが「ベルが酷い事ばっか言うからよ!」と言っているのが聞こえたが、そういうわけではないのだ。ただただ私の雑念が悪いのだ。

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