「さぁ始めましょうか」
「あー…一応聞いとくが、何を?」
「見てわかりませんか?」
「いや、まぁ…」
のどかな昼下がり。
立ち寄った町の宿で、ガイは久々の二人部屋に密かに胸を躍らせていた。
相手は、恋人であるジェイド。
仲間にはまだこのことを言ってないためか、宿をとっても大体が男部屋と女部屋に分かれてたり、たまに二人部屋をとったとしても自分たちが同じ部屋になるのは珍しい。
そうしていると二人きりでゆっくり過ごしたという時間が本当に少なくて、前回同室だった時の記憶も曖昧なほどだった。
そんな状態での今日の同室。
ジェイドはいつも通り小難しい歴史書のような本を読んでいた。
窓際で陽の光を浴びながら静かに読む彼は、使い古された言い方だが、一枚の絵画のようで。ガイは直視できずに剣の整備をしつつ盗み見るようにしていた。
しばらくこうやって過ごせなかったのと二人きりというシチュエーションが相まって、ジェイド耐性がかなり弱まっていたらしい。
どこの純情少年だよオレは…。
「ガイ」
急に呼ばれて視線を上げる。
見るといつの間にか席を立っていた旦那は、備え付けのキッチンに移動していた。
「なんだい?」
「お手伝い、よろしくお願いします」
「は?」
言いながら手際よくボウルや泡立て器を用意する彼は既にエプロンを着用しており、長い髪は高い位置でひとつに結ってある。
動く度に亜麻色の髪が揺れて、ちらちらと日に焼けていない白い項がのぞく様は目に毒というか目の保養というか……とりあえず今の俺には色々と凶器だ。ちなみにエプロンの色はピンク。何故。
「さぁ始めましょうか」
「あー…一応聞いとくが、何を?」
「見てわかりませんか?」
「いや、まぁ…」
次々と調理器具に埋もれてくキッチンを見て分からない訳ではないが、不安要素がありすぎてぶっちゃけ怖い。
「そんなに身構えなくても、ただの菓子作りですよ」
「菓子?なにを作るんだ?」
「クッキーです」
くるりと上体だけをこちらに向けた旦那はウィンクで答えた。
「ぐぉおう!」
「ガイ?」
「いや、なんでもない…なんでもないんだ!」
反らした視線と体の陰で、こぶしから親指を力強く突き出したガイだった。
「にしても、なんでいきなりお菓子作りなんかしようと?」
キッチンに立つガイ。差し出されたエプロン(オレンジ)を身に纏い材料を選別する様はまさに主夫そのもの。
「無性に作りたい衝動に駆られまして。糖分が足りないんですよ。あ、ガイそれをふるいにかけてください」
「はいよ」
ボウルに粉をふるったあと、すかさずジェイドがバターと砂糖、そして卵を入れる。異様に砂糖が多い気がしたが、そこは触れなかった。
混ぜろという指示が指で促され、逆らうことなく従う。
「糖分補給なら、旦那がいつも作ってるパフェでもよかったんじゃないか?」
「たまには違うものにも挑戦したいじゃないですか。チャレンジ精神ですよ、若い証拠です」
「若いってなぁあんた、四捨五入すれば40じゃないか」
「その40のおっさんに手を出したのは、どこの誰でしょうかね〜」
「いやぁ…その…」
「手を休めない」
「はいっ!」
ゴムべらでまんべんなく混ぜていると、白い指がボウルの中の生地をすくい不意に俺の口元に寄越した。
「……なに?」
「はい、あーん」
「さすがに騙されないぞ!どこに生の生地を味見するヤツがいるんだ!」
「ここに」
「俺を指すな!」
ずいと近づけるジェイドの指を華麗に避けたのだが、中々に本気のスピードだったため避けきれずに頬に付いた。
「うっわ。付いたじゃないか」
「付きましたねぇ」
「まったく、なにすん…」
だ、と続くはずだったが。
頬に生暖かな感触が走り、言葉を切ることを余儀なくされた。
「あまい、ですよ?」
「だ、んな…」
口の端の舐めそこねた生地をぺろりと舌がすくう。
勿体ぶるようにゆっくりと口内へ戻る舌を衝動的に追うと、満足したように口元が弧を描くのが分かった。
「ん…、どうです、お味は?」
「あぁ、甘いな」
「それはよかった」
にこりと笑うジェイドに、自分が嵌められたと気付くのに時間はかからなかった。
「えっと、いいか?」
「まだ途中ですが」
「次は寝かせるだろ」
「30分程度ですよ」
「あー…善処します」
「ま、期待しないでおきます」
生地をおざなりにラップで包み冷蔵庫へ放り込み、自分達は白いシーツの海へなだれ込んだ。
結局、生地がいくら待っても出番が来ることはなかった。
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冷蔵庫って…あるの?
もち様の7777hitリクエスト「お菓子作りするガイジェ」
でしたが。
結局、クッキー出来上がりませんでした!←
生地ほっといて何してるんでしょうかねこの人たちww
甘めの出来になりましたが、いかがだったでしょうか?
我が宅のジェイドは誘いが分かりにくい誘い受けです(キリッ)
もち様、リクエストありがとうございました!
もち様以外お持ち帰り禁止。