気がついたら、部屋に彼と自分しかいなかった。
さっきまでこの男部屋にはアニスが居て、ルーク、ガイと共にボードゲームに興じていたはず。自分はというと、ふらりと入った裏路地の怪しげな露店で見つけた本を思わず衝動買い。その本に集中していた。
そのせいで迂闊にも、子供組が部屋を出ていたことに今まで気付かなかった。
彼と二人きりになることに抵抗などはない。むしろ居心地がいいなんてことを認めるのは負けな気がするのだが、自分たちの関係を考えると、逆に何も感じないほうが色々と駄目だろうと思い直す。それでも癪に触るのはどうしようもない。
二人きりという状況は多々ある。
この前の話。外出から宿に帰ってくるとガイ一人が留守番。コーヒーを飲みながら階下のロビーにあったらしい本を読んでいた。
自分に気付いたガイはパッと破顔し、いそいそとキッチンへひっこんでしまった。彼の行動の意味がわからず立ち尽くしていると、それはそれはご主人様に向かってくるさながら大型犬のようにアホ面…いや、満面の笑みで帰ってきた。
淹れたてのコーヒーと共に。
『これ、旦那のお気に入りの豆で淹れたんだ。見つけたからつい買ってきた』
普通のものより少し値をはる代物のそれ。彼は買うのに迷いはなかったという。
『旦那って、あまり物を欲しがらないだろ?俺が聞いても特にないの一点張りだし』
『…………』
『だから、俺は勝手にジェイドの欲しいものを好きなだけあげることにしたんだ。例え好きなものが何なのか教えてくれなくてもな』
『…もし、貴方が渡したものが、私の好みではなかったら?』
『そんなことはあり得ない』
『何故?』
『俺はジェイドを見てるから』
コーヒーを持つ手に力がこもった。
『…気味がわるいですねぇ』
『はは、そんなこと言うなよ』
でも、ガイの言葉に間違いはない。実際彼は、自分にいつでも気付いてくれるから。
いつでもガイは自分を見ていると、確かに言った。それを今思い出すということは、何の意味があるのか。
ジェイドの思考の中心に居座っている彼は、今現在自分に背を向けて黙々と作業に没頭している。
時おり手が止まったと思えば、自らの作業箱とにらめっこ。うーんと唸ると渋い表情のままドライバーに手をかけた。
その組み立てなら、自分に聞いてくれたらすぐに教えてあげるのに。
でも、それは違う。
あくまでも彼自身が自身でやらなければ意味がない。
音機関を触る時間というのは、彼にとって一番の“欲しいもの”なのだ。それを邪魔する権利も、遮る意味も…ない。
もらってばかりではだめだ。自分だって彼に返したいのだ、何かを。
その何かを返せるとしたら、今この時間をゆっくりと過ごさせることしか思い付かない。
彼は自分を見ていると言った。
でも今は、これでいい。
「なぁ」
「っ、はい?」
急に話しかけられて心臓が跳ねた。
「これ」
「これ…?」
「どうすればいいかな?」
指差した先にはずっとガイが作り続けていた音機関が、バネやネジが飛び出たままで散らされていた。
さっきまでの状態なら自分の力も必要だったと思うが、ここまできたのならあとは自身の力で出来るはず。
なのに問うてくるということはつまり。
「――ガイ」
「ジェイド、いいか?」
教え諭すような優しい声色。自分はこの声が実は気に入っている。本人に言うつもりは更々無いが、本当はもう気付かれているかもしれない。
「ジェイドが何に遠慮してるのか知らないが、俺は、ジェイドと居る時間が一番大切だ」
さらりと亜麻色の髪を掬い上げて、小さく口づけを落とす。
「それを、覚えててほしい」
へにゃりと眉をハの字に寄せて困ったように、けれど瞳に明らかな強い光を持ってまっすぐ見つめられる。
嗚呼、叶わない。
「もらってばかりは申し訳ないですよ」
「……あぁなんだ、そういうことか」
「なんだとはなんですか」
「だって、そんなことであんたがこんなに悩んでたとか、信じられなくて」
「それはどういう…」
「だってさ、俺のことでいっぱいだったんだろ?」
それで十分さ。
なんて安上がりなんだ。なんて、自他共に認めるひねくれた思考が一番最初に抱いた感想がこれ。
これがただの照れ隠しと気付かぬまま、ジェイドは彼の一番“欲しいもの”を与える為、目の前の温もりに手を伸ばした。
終
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乙女降臨。
紅翠さまへ捧げます!
6666hitでした
「音機関をいじるガイに構って欲しいけど言い出せないジェイド」
ということでしたが…いかがだったでしょうか?(;^ω^)
乙女というかはっきりしないというか弱気というか、大佐がよく分からなくなってしまいました
その分ガイがいつもに増してカッコよくw
たまにはガイ様いいとこ見せないと、ねっ!
タイトルはことわざからなんとなく引用しました。
こんなものですが、受け取ってくださいませ
紅翠さま、リクエストありがとうございました!
紅翠さまのみお持ち帰り可。