ある晩の話。


「なぁ旦那…」
「なんですか」
「もう、いいだろ?」
「まだ駄目、ですよ」
「もういいだろ…!」
「いいえ。そんなに焦らないでください」
「焦るとかじゃなくて…」
「じっくり丁寧にやらないと、上手に出来ないんですよ」
「だからそうじゃなくて…」

ある宿の二人部屋。そこには死霊使いと苦労人がいた。

「…もう諦めたらどうだ?」
「いえいえ、ここまできたなら最後までやりきりますよ」

 無駄に意気込むジェイドは、備え付けの簡易キッチンに自らの実験用具を並べて何やら作業をしている。
 三角フラスコを三脚と金網の上に乗せ、アルコールランプで中の液体を沸騰させている。その横ですり鉢に花のようなものを入れ、すりつぶしながら手帳を広げる。

「えーと…先程はこれを試しましたから、次はこのパターンでやりましょうか」
「なぁジェイド…」

 ずっと言うこと言うことをうまく躱されてきたガイは、お人好しの性か、なおも下手に発言する。

「諦めないのは分かったからさ、俺はもう寝ていいかな?なーんて…」
「駄目に決まっているでしょう」

 バッサリ切られては二の句も告げられない。

「大体、誰のためにこんな手間をかけてあげてると思ってるんですか?」
「引いては自分の為だろ?」
「よくご存知で」

 にこやかに試験管を振り回すジェイドにもはや苦い笑いしか出ない。
 確かに、ジェイドがこんなことをしている要因にはガイも関わっていることには間違いないのだから。





 ことのきっかけは、ただの買い忘れ。

 今日の買い出し当番はルークとアニスの二人だった。買い出し当番には各人、個人的に足りないものを注文して使いに出すのが常になっているが、この時うっかりジェイドは使いに出すのを忘れてしまったのだ。

ただ、これだけである。






「まさか旦那がコーヒー豆の残量を確認し忘れるだなんてな」
「あなたが、喉が乾いた、なんて言わなければこんな苦労してないんですがねぇ」
「あんたも同意したじゃないか!」

 クツクツとフラスコ内の湯が鳴る。いつの間にかさらに設備は増えていて物々しさに拍車がかかっていた。

「紅茶葉すらありませんでしたから…今の時間帯にナタリアを訪ねるのも迷惑ですしね」
「酒や水でもよかったんじゃないか?」
「もう遅いですね」

 フラスコからチューブを伝ってカップに注がれた液体は、コーヒーとまったく同じ色。

「はい、完成です」
「ほんとに出来たよ…」

 香りまでそっくりとはいかないが、見た目はコーヒーそのものだ。
 一口含んでみる。

「っ!すごいな、コーヒーだ!」
「それはよかった」
「なぁ、何から作ったんだ?」

 原料も分からぬまま飲んだはいいが、何かしらの生き物の体液やら血肉から作られたと言われても不思議ではない。今更ながら安易に口に運んでしまった自分を悔いた。

「そんなに身構えないでください。人体に影響が出ないものですよ」
「それがいまいち信用できないんだが…」
「タンポポです」
「タンポポ?」

 予想外にかわいい単語が出たことに拍子抜けした。

「先程摘んできたんですよ。即席で抽出しましたが、上手くいって安心しました」
「タンポポ…摘んだ…」

 喉が潤ってほっと息をついた脳内では、花畑でタンポポを摘む死霊使いという、なんともシュールな光景が広がっていた。












--------------------

HALさんへ贈ります!
4000hitリクエストでした^^

いやーもう、お待たせしてしまって申し訳ありませんっっ!!!
何ヵ月かける気だって話ですよ!

「ガイとジェイドで、二人の宿屋での過ごし方」というリクエストでしたが、なんだか的を外してる感が否めない…
夜じゃなくてもよかったんじゃね?とか、つっこまれても言い返せないw
タンポポからコーヒーを作るというのは、昔実際にヨーロッパであったことのようです^^

返品可でございます!
リクエストありがとうございました!



HALさんのみお持ち帰り可。



戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -