『弟』返上して見せます!



桜が咲き乱れる4月。
僕とマスターが出会って三年が経ち、彼女は高校生になった。


「カイト君どう、似合う?」


マスターは寝起きの僕の前でくるりと回る。
三年前からのばし始めた髪が、ふわっと舞い上がる。ついでに短いスカートも舞い上がって、あわてて視線を逸らす。


不自然にうつらなかっただろうか…


ごほんと咳払い。


「マスター、似合ってますよ。とても可愛いです」


そう言うと、マスターは花のように笑った。
この笑顔を見ると、胸が暖かくなって、そして、締め付けられる。
けして嫌な感じは無い。
むしろ幸福感にあふれている。


「えへへ。この学校にして本当によかった」


よく可愛い。なんて褒められるんだよ。
照れくさそうにスカートをいじる彼女。
言い放ってしまう前に僕は慌てて言葉を飲み込む。


…誰にー…


一瞬眉間にしわが寄ったが、僕は悟られまいとせき込むふりをして話を逸らす。


「マスター、これだけ朝早くに起きたって事は自主練ですか?」


「うん。いつもと同じ事してると落ち着くんだ」


指をくねくね。
ピアノを弾くまねをする。


「時間気にしながらしてくださいね。入学式早々遅刻なんてシャレになりませんから」


「そ!そんなしみじみ言わなくていいじゃない〜」


「すいませんでした」


クスクス笑っている僕に、赤くなりながらあれこれ言い訳して、階段を下りていくマスター。


三十分前に呼びに行った方がいいな。


軽く計算してから、僕も自分の部屋に入る。
(マスターの部屋の横にあった空き部屋だった所が僕の部屋になっている。)


あれから、ずいぶん変わり。


元々は音楽に興味の無かったマスターだったが、僕の歌を作曲するにあたって独学で勉強して、音楽に触れて。ついには持ち前の器用さから、メキメキと巧くなっていたピアノのを主体とした勉強が出来る学校に今日から通い出す。


「もう、あれから三年か…」


部屋に備え付けられた本棚から、一枚の楽譜を取り出す。
クタクタになってしまっているのは何度も手に持って歌ったから。
暗譜しても触れていたくて、当たり前だけどボロボロになってしまった。


三年前、初めてマスターがくれた僕だけの歌。


マスターの優しさがにじみ出た、とてもキレイなバラード。


曲調は単純で、歌詞も不自然なところがある。
だけど、僕にとってはどんな歌より、キレイで輝いていて、大切な音の結晶。


少し譜面を指先でなぞって、また慎重にもとあった場所に戻した。


一息ついてベッドに腰掛ける。
すると、小さく聞こえるピアノの音。


「…マスター」


三年。
三年は長いもののようであり、短いものだった。


僕の心も変化が生じ、
疑心から確信に変わった。


「あっそろそろ呼びに行かないと」


僕は部屋の時計を確認すると、そこを後にした。


人間じゃないとか、
ボーカロイドだとか、
悩まなかったと言えば嘘になる。


パパさん、ママさんに挨拶をしてから、キッチンを抜ける。


たけど、この気持ちが特別なものだという事ははっきりとわかる。


ドアを開けると、そこには大人に一歩近づいた彼女。


この気持ちが、届くかなんてわからない。


「ほら。やっぱり時間見なかったでしょう」


「…あ…!…」


だけど


「うー…」


彼女が大好きです。


「…ありがとう、カイト君」


振り向かせて見せますから、覚悟してくださいね。


「弟にお世話かけるなんて、お姉ちゃん失格だよね〜…」


たとえ、今は『弟』の立ち位置でも…

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