あなたを愛してる
付き合い始めて、早数ヶ月。
この頃は就寝準備をすませた後に、お互いの部屋に行き来するのが習慣付いていた。
なにをするでもなくただ話し合うだけなのだが、僕にとって心安らぐ時間である。
そんな訳で、もう少しお互いのことを話したいのところなのに、彼女は別の人のことで頭がいっぱいなのであった。
黒の中に赤い色をまだ残している空を見ながら、風を入れるために小窓をあけ、ベッドへと腰掛ける。
「がくぽのマスターにも会ったんだ」
「うんそうなの…綺麗だったよ」
ベッドの下のクッションを抱きしめながらぽっと頬を押さえる美奈子は、とろんとした瞳をしている。
「…美奈子って、綺麗な女の人に憧れる傾向があるね」
呆れながら言えば、毎度の事ながら食ってかかってくる。
…と思っていたのだが今日は違ったようだった。
「だって、私もあんな風になりたいなぁって思うんだもん」
足をばたばたさせた彼女は、相当に嬉しかったのだろうと推測できる。
それにしてもこの人は、なぜ他の女性の良いところは見えて、自分の良いところは見えないのか、僕からしたら不思議でならない。
そんなに、サラサラとした髪で。
そんなに、魅惑的な唇で。
そんなに、綺麗な指先で。
そんなに、愛らしい表情をしているのに。
なぜこの人は気づかないのだろうか?
「十分に綺麗だよ、美奈子は」
「っ!ききききき綺麗じゃないから!」
「綺麗だよ」
「キャー!それ以上言わないでーっ」
美奈子はあわあわと立ち上がり、半泣きになりながら僕の口を両手で塞いだ。
少々力が強く、そのまま僕たちは後ろへと倒れる。
「きゃあぁ!?」
「んむっ!」
口が塞がれたまま見上げると、天井より早く美奈子の潤んだ瞳が見えた。
「あ…」
ベッドの上に押し倒された僕の上には、呆然とした様子の美奈子がいる。
はっとした様子の彼女はそろそろと手を離し、少しずつ腰を上げて退こうとする。
「逃がさないよ」
即座に腰に腕を回し、手首をつかんだ。
「やーっ!ごめんなさいっごめんなさいっ離してぇーっ」
「だーめ」
「だめじゃないよー!この時間はこういうの禁止って言ったじゃないーっ」
そうだった…
その約束があるから、美奈子もリラックスしてくれてるんだった。
恋愛方面に免疫がなさすぎる美奈子は、こういうところにもガードが堅い。
「…その禁止令に、いろいろ言いたいことはあるんだけどー…」
まぁ。仕方ない。
約束したことだし、ね…
「いいよ。逃げたいんならどうぞ」
あからさまに残念そうに言うと、いつもだったら素早く飛び退いて、申し訳なさそうな悲しそうな表情で手を握ってくる。
そんな顔する必要などないのに、決まって美奈子は同じ顔をする。
自分は、愛情表現が少ないとか何とか考えているんだろうか。…考えてそうだ。いや、考えているからそういう態度をとるんだろう。
十分に気持ちはもらっている。自身が離れたくないと思うから、したいことをしているだけなんだ。と、話して聞かせたら、変に意識してまた、避けられてしまうんだろう。
ぐらいには予想がつく。
さて…どうしたものだろうか…
その時、異変に気づく。
まだ彼女は僕の上にいたのだ。
「き…今日はね、話があるの…」
「話…?」
緊張状態に陥り、そこから動けなくなった。とかそんなことではないらしく、いまだ潤んだ瞳が僕を捕らえて離さない。
「カイト君はね…私のこと好き?」
「大好きだよ」
「はっ早いよ!」
「…美奈子…どうしたんですか?」
心配になってふわりと頬をなでると、美奈子はぴくんと震え、落ち着きなく瞳をきょろきょろとさせる。
「カイト君」
「はい」
「私ね、お互いの呼び方も愛情表現の一つだと思うのね?」
「…誰かに何か言われた?」
「なんで分かったのっ!?」
本当に不思議そうに言うものだから、つい口元が緩くなる。
「言葉選びが普段と違ったから」
「あー…っと…実は今日…先輩に相談したんだ。カイト君のこと」
「それで、ああ言われて励まされてきたんだね」
「カイト君って…なんでも分かっちゃうんだからなぁ…」
「美奈子のこと、ずっと見てるから」
美奈子はぼっと赤くなって、ポスっと僕の胸に猫パンチをお見舞いする。
「悩み事なら、ほかの人じゃなくて、直接僕に言ってください」
「…えっとね…いいの?」
「当然でしょう」
「…私、不安で…」
ぼそりと言った美奈子は、僕の服をつかんだ。
「ん、何が?」
チラリと僕をみた美奈子は、また視線を戻す。
「思い返してみればみるほど、私たちの付き合いだしたキッカケが引っかかってて…」
「うっ」
「お…お酒の…勢い…で…」
どんどん涙声になっていく美奈子は、悲痛そうな声を上げる。
確かに、僕も気になっていたことにはなっていたのだが…まさかこのタイミングで突っ込んでくるなんて。
「わ…私たち…こんな感じでぎこちない感じだし…」
「それはー…」
「なんだか、私。自信なくてぇーっ!」
美奈子は大粒の涙をこぼし、それから、泣き顔を見られまいと両腕で覆った。
泣き出した彼女をなだめるべく、僕は慌てて起きあがった。
「美奈子っ!?泣かないで」
「こんな可愛げのない悩み事でごめんなさーいっ」
「とりあえず落ち着いて!ほら深呼吸っ」
ぽんぽんと背中を軽くたたくと、よりいっそう泣きじゃくり始める。
「なんだか、いろんな事考えてたら名前なんか言えなくって…」
「…そんな無理やり考えなくても…っていうより、そういう理由だったんだ」
「恥ずかしいのも、あるけど…」
恥ずかしいほうがおおいけど…ぶつぶつと言っていた美奈子は、ぐすんと鼻を鳴らし、僕にもたれかかってきた。
「なんだかね…突然いろんなことがあって、頭、整理できてないんだと思う。弟…ていうより、家族として接してきた人が、いきなり好きだったんだって気付いて…しかも、成就しちゃって」
「まだまだできそうにない?」
美奈子は、ふるふると首を振る。
「…今から私が言う事に答えてくれたら…いろいろ踏ん切りつく…かも」
体を離してやると、真剣なまなざしを向けられる。
僕はうなづく。それを見た美奈子は口を開いた。
「もう一度…告白しても良いですか…?」
「…告…白?…なんで急に…」
美奈子は柄に無いこと言っただとか思っているんだろう。
ぷるぷると体を震わし、湯でも沸騰させれそうなぐらいに全身を赤くさせている。
なぜ全身だと僕が分かるのかというと、服から出ているわずかな肌すべてが色づいていたから。
「ちゃんと、気持ちを…つつつつつつ伝えようと…」
「…美奈子」
本当に、この人は
「はいっいきますっ」
「好きだ。美奈子のそばにいさせて欲しい」
…なんて、愛しい
「え…−えっ!?」
「愛してる」
「!!?」
僕は愛しい女の子を、その腕に包んだ。
「ん…むぅ…ぁ…」
小さいリップ音と共に重なっていた唇を離すと、美奈子は肩で息をしながらまぶたを開き、うっとりとした様子で僕を見据えた。
くらりと揺らいだ理性と戦いつつ、僕はまた口付けようと眼を閉じた。
すると、ふにっとした感覚が僕の唇から伝わる。
まぶたを開けると、僕の口をふさいでいる彼女が見えた。
今日は、これでお終いにして欲しいってことか…と残念がっていた僕は、このあと予想もしない美奈子の行動に驚かされる
僕のおなかの上に乗ったままの美奈子は、キョロキョロと誰もいないのを確認し、はぁ…と小さく息をはいて言った。
「わ…私は、カイトの事が大好き!大好き!…大好きっ!」
「美奈子…」
「かかかか…カイトからしてくれるぎゅうだって、キスだって、本当は大好き!どんなに恥ずかしいことだって、カイトとならしたいって思ってるんだよ!」
早口にまくし立て、唖然としている僕に小さい唇を重ねてきた。
「!?」
対処しきれないうちの口づけに始めは動揺したけれど、すぐに攻めの体制に入る。
緊張で堅く閉じている唇をはみ、舌で少しずつ押し開く。
「…ん」
美奈子が慣れないながらに伸ばした小さい舌を、僕はすかさずからめ取る。
「ぁ……ふ…」
お互いの熱が混ざり合う。
いつもより優しく、長く続き、やがてそれは終わりをむかえた。
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