メロディーは、素晴らしく
「ー…うんっおっけー。ありがとうカイト君」
ピアノの鍵盤に跳ねていた指を止めて、横に視線を向けた。
「ん〜僕はもうちょっとシャープに歌いたいとこですね…」
私もうーんとうなって、笑いかけた。
「カイト君のだったら、スピードも落とすとこだけど…」
椅子から立ち上がって、楽譜に手を伸ばす。
「忘れちゃあ困るなぁ。この歌詞と歌は俺達のなんだからぁ」
隅に置いてある脚に腰掛けているのは、お客様であるルカと井上。
忘れていたわけではないが…二人で歌っていると、もう自分達の歌のように感じてしまう。
「それにしても、こんな甘い詩も書くんですね。マスターって」
カイト君が感心したように言った。
ちょっぴり照れくさくなって、もじもじと指を絡める。
「だって私の中で、ルカちゃんって乙女なんだもん。もっと甘甘でもいいと思ってるぐらいなんだよ?」
「う…嬉しいです…」
ピンク色になったルカちゃんのほっぺた。髪の毛と同じ色。
桜餅みたいだなぁ。
なんて思って見ていたら、気づいたルカちゃんがゴホンとわざとらしい咳をした。
「マスター。この良い機会に作詞の勉強、してくださいね」
「え〜そういうのは、自分の感性なんだから勉強なんてー…」
「マスターには必要あるんです!」
2人のケンカを見守っていた私たち。
顔を見合わせて、微笑みあう。あの二人、本当に仲がいいんだね。そういうと、カイト君もそうだね。と返してくれた。
あれ?そういえばー…
「ねぇねぇ。井上の歌詞ってどんななの?」
「おっ?見たいのかっふーん。そっかそっか。それじゃあ特別にお見せしよう!俺の自信作!」
ケンカを中断し、見よ!と言って楽譜をつきだしてきた井上。受け取り、文字をなぞるとー…
「井上…これ」
「おう!どうよ俺の歌詞力」
「一体どんなー…うわぁ」
横からのぞき見たカイト君は悲痛そうな声を上げて、この曲を歌わされようとされていた妹へといたわりの視線を向けた。
彼女はいつの間にか隅へと移動していた。
「ねぇ…井上…これ何を狙ってかいたの?」
「へ?別に何も。っていうかほらここら辺甘いだろ?」
まさかの、私が依頼された曲の歌詞だったらしい。
「…井上…これ変」
「え!どこがっ」
「えっとね…全部」
そもそも、これは歌詞なの?
私が朗読してみると、遠くからこちらを見やる軽く涙目なルカちゃん。
きっと精一杯説得を試みたに違いない。そしてその努力は報われなかったのだろう。
「それ、焼き肉食べに行ったときに出来たんだ!ぱっぱっと」
「…じゃあ曲の方は?」
曲は素晴らしいのに…
そう思いながら問うと、意外な答えが返ってきた。
「結構かかったよ?え〜と…一週間ぐらい?かな」
「そんなに!?」
「俺、時間かけないと良い物は生まれないと思ってる主義だから。そのメロディーも焼き肉の時に大体は浮かんだけど、なんか物足りなくてずっと悩んでたんだ」
「マスターなんて、早いときは10分ぐらいで作曲までやっちゃってますよ?」
「へぇ…スゴいです。みぃさん」
「それは、みぃちゃんがルカが言ったようにスゴいからだよ。クラスでもトップクラスの実力だし」
「井上っそれは言い過ぎだよ…」
「みぃちゃん、自分のことちゃんと理解しようぜ?」
「…でも、一番じゃないし…」
「あら。意外と勝負派なんですね。みぃさんって」
「えっと…その…とにかくっ!話が脱線しだしてるから元に戻すよ!」
私は無意識にカイト君に寄り添った。
「まず、歌詞をメロディーにつけた感じはこれで良いんだよね?」
「速さはこれでいいんですか?」
カイト君がピアノを指先で軽くリズムを取る。
「うん。完璧!」
「さすがみぃさんですね。今日一日でもう完成しちゃいました…」
「井上の曲がしっかりしてたから、こんなにスムーズにいったんだよ」
「照れるぜー」
「それじゃあ曲作りも終わった事ですし、また上でお茶の続きでもしますか?」
「「賛成ーっ」」
お菓子っお菓子っ
「カイト兄さん…また見張っておかないと…」
「もうそんなに量のこってないから大丈夫だよ…あの2人、1日でこの家のお菓子というお菓子を食べちゃったから」
2人がため息を付く。
「だって美味しいんだもん。ねー」
「ねー」
「「ねーじゃありませんっ」」
この日の夕方頃まで2人のたしなめる声は止まることはなかった。
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