…ひっつきすぎですよ



ピンポーン


電子音のチャイムが鳴り響く。
僕の腕の中にいた美奈子は、逃げるように足を絡ませ、玄関へと向かった。
その足取りは、とても危なっかしい。


「落ち着いて美奈子。コケるよ?」


「だだだだだ大丈夫!」


派手な強打音が廊下から聞こえた。その次に美奈子の悲鳴。予想どうりどこかに足をぶつけて転んだんだろう。
助けに行こうかと思ったが仕事があるのを思い出し、僕も出迎えるべくソファーから腰を浮かす。


途中で時計が視線に入り、時刻が勝手に理解された。
12時30分
来訪者は30分遅れてきたらしい。彼女と一緒にいたから時間が早く過ぎたようだ。


「さて、そろそろ来るかな?」


リビングの扉が開く音がして僕はトレーの上にいっぱいのお菓子と、ほんわり香る紅茶を乗せて迎え入れた。


「いらっしゃい。井上さん、ルカ」


「あっ…久しぶり…です。カイト兄さん」


「こんちわ…って。うっわぁ、カイト背デカ!!すっげぇ、ルカよりでかくね?」


久しぶりの再会に涙ぐむルカに対して、井上さんは好奇心旺盛に僕を見て口々に、イケメンだとか、マフラーなんで青いの?とか、やっぱり背高い!などを言い募る。そんな井上さんは、はっちゃけた内面を裏切るような外見だった。


ー…美奈子より…辛うじて高い…かな?


身長が低くて、とても男の子には見えない整った顔をしていたのだ。精悍な顔つき、というよりは可愛らしい女の子みたいなんだけれど…


「えっとー…」


それにしてもさっきから投げかけられている質問にどう答えたものか。
マフラーが青いのは、イラストレーターに聞いてくれと言いたい。
マスターに視線を投げると首を傾げられた。


いや…ね…可愛いけど…意味分かってないですよね…この人の対応は一体どうしたら…


「駄目じゃないですか、マスター!初めて会う人なんですからもう少しお行儀よくしてください」


ルカがたまりかねたように、説教を始めた。腰に手を当てるルカの表情に変わりはない。怒りもないし、恥ずかしがってもいない。
慣れっこのようだ。


「なに言ってんだよ。俺普通に話してるだけじゃん」


「マスターはもう少し考えてから話してください!」


「めんどくさい」


「こら、マスター!」


ルカがやっと怒りの表情を出すと、井上さんは美奈子の後ろに隠れた。
少し僕の眉間がしぼむ。


「助けて、みぃちゃん」


「助ける前に、曲に歌詞付けてからだよ。喧嘩はまた今度ね?」


「しょうがないなぁ。みぃちゃんがそう言うんなら」


またしても、眉間に力が入った。


みぃちゃん…?


辛うじて笑っているものの目は笑っていない。それをに気づいたルカがぎょっとして僕を後ろに向かせた。


「カイト兄さん!深呼吸してください、美奈子さんが見たら怖がります!」


「はっ」


僕は深呼吸を繰り返し、そして邪念を払うための呪文を黙々と念じる。
あれはただの友達友達友達友達…


「すごい…奥の奥に潜んでいたダークな兄さんをこんなにも簡単に引き出してしまうなんて…美奈子さん、愛されてますね」


「…ルカ」


拳を握って力説するルカの頭を軽く軽くたたく。
元はこんな風にちょっと不思議な子だった。しかしさきほどまでのしっかり者ぶりを見ているため、変わったものだなぁとしみじみ思う。


トレーを持ち直し、マスター達にごほんと咳払いをした。


「じゃあ、マスター達。そろそろ紅茶冷めちゃいますから、座って飲みながら本題に入りましょうか」


ぴこんと跳ねて反応した美奈子は、照れながら笑みを投げてよこした。


「うん、ありがとう。カイト君」


「あっ!甘納豆発見!」


みんなが机を挟むようにソファーに腰を落ち着けている中、井上さんだけは落ち着きなく、視線をきょろきょろ。そして、おもちゃを見つけたように甘納豆に手を伸ばす。


「意外におじいちゃんだね、井上って」


「何個口にはいるか。ためそーっ」


本当におもちゃだったようだった。


「えーっそっちなの」


「あひゃりまふぇひゃろ」


「マスター。お行儀悪いですよ」


「ふん。もぐもぐ――…」


「マスター。ケーキは逃げませんから、ゆっくり食べてください」


「ぅむ?」


机の上には和洋中問わずに、様々な菓子が並べられ、四人ではとても食べきれないほどの量であるのに、井上さんはぽいぽいと口にほおりこみ、美奈子は幸せそうに洋菓子をほおばっている。今日で食べ切りそうな勢いだ。


「あっ!」


「「「?」」」


美奈子が突然声を上げる。
すぐに取りかかれるように菓子の横に寄せられた紙とペンをおもむろにつかむ。


「甘いお菓子。君との甘い時間。どちらも選べないの!sweet sweet time 秘密の部屋で踊りましょうよ。華麗に舞ってみせるわー…」


つらつらと書かれていく文字。
歌詞だということに、一拍遅れて気づく。
いつもは静かで、優しい感じの歌詞を書くから意外で気づかなかった。


「まぁ…」


ルカの頬がピンク色に色ずく。とても気に入ったようで、うっとりと感嘆の声を漏らした。


「…と…まぁまぁかなぁ?ねぇ井上の曲って口伝てだけど、甘くてちょっと大人っぽいアップテンポなやつだよね?」


ポカーンとしていた井上さんがはっと口を閉めて、美奈子の手を取り上下に激しく降った。


「すっげぇよみぃちゃん!こんなすらすら書いちゃって、しかも曲のイメージとルカのイメージにぴったりだ。さすがみぃちゃん!」


「凄いです、みぃさん!こんなに素敵な詞をすらすら書いてしまって…素晴らしいです!」


二人は感極まって、美奈子を取り囲み饒舌に称える。


「え…えへへ〜それほどでもぉ〜」


あ。天狗になってる。
僕は二人から彼女を救出し、落ち着かせてからまた作業に戻った。


さて、次は音の調節ですかね?

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