泣き顔より笑顔のほうが素敵です
「すごいね。世界って狭いよね」
晩ご飯を食べ終わった後、マスターが僕の部屋を訪ねてきた。珍しいこともあるもんだなと、内心嬉しく思いながら、しかし冷静を装い部屋へ招き入れる。
そして、現在へ至るのだが…
「ミク、リンレン、ルカにめーちゃんまで…」
僕は頭を抱えて体重を前に移動した。椅子がぎしと些細な音を立てる。
「カイト君嬉しくないの」
マスターは僕が喜ぶと思って、伝えに来てくれたのか。
喜ぶを通り越して、呆然としてしまう。
「マスター…もう一回説明してください」
「だからねー…」
今日、入学式で出会った安藤という男の子に歌を聴かせてもらった際、そのボーカルをつとめていたミクが実体化していることに気づき、安藤に自分の所にもKAITOがいると告げると、他のボーカロイド達もいると教えてくれた。らしい。
「ほら、写真」
「わぁ…みんな写ってる〜」
マスター同士仲がいいらしく、時々集まって、ボーカロイド達を会わせてやっているらしい。宴会でもしていたのか、みんな頬が赤く、焦点が定まっていない。マスターは言い忘れたのだろう、がくぽやグミもいた。
「カイト君はみんなと会いたくないの」
「そんな事はないですけど…ちょっと戸惑ってます」
マスターはテクテクと歩いてきてしゃがみこむ。
僕の膝に手を乗せて見上げてきた。
「どうして?」
卑怯です。マスター…
分かってやってるんですか…いや…分かってないんでしょうね…
「マスター…なぜみんな実体化できたのか。気になりませんでしたか?」
「え?ー…そういえばそうだね。なんでだろう?」
「やっぱり考えてませんでしたかー…。えっとですね実体化することは極めて稀なんです」
「うんうん」
これ話したら、マスター泣いちゃうだろうな。
だから、話したくなかったんだけど…
きっと、そのみんなのマスター達が説明するだろう。
変に他の人から聞かせたくない。
ごめんね。マスター
「色々ありまして、僕たちアンインストールされる直前だったボーカロイドなんですよ」
「ーえっ!」
「泣かないで聞いてくださいね」
笑ってマスターの頬をなでると、少しうつむいて僕の膝に顔を隠してしまった。
泣かない、の意思表示らしい。
「普通、機械なんですから感情もありませんし、まして体なんてもってのほかなんです」
「それなのに、体があります。ちゃんと血だって流れてますよ」
ー…分かるよ。カイト君…暖かいもん…
小さい声でマスターは言った。僕は、ありがとうと言って頭をゆっくりなでる。
「言っちゃえば、バグなんですよね。生命として誕生して、年もとるけれど、僕もその皆もバグから生まれました」
ここから先は難しいので省きますね。
そう言うと、膝にかすかな感覚。
頷いてくれたようだ。
「ですから、最初僕にもよく分からなかったんです。でも、すぐに理解して、聞きましたよね」
『こんな僕だけど、気持ち悪くないですかー…』
「カイト君!」
マスターはしっかりと僕の首に抱きついてきた。
ひっひっ…
息がちゃんと出来ないみたいだ。
泣かないで欲しいって言ったから我慢しちゃってるのか…
「マスター。大丈夫、落ち着いて」
ポンポン背中を軽くたたき、何度も言った。大丈夫。
本当にそうだと思った。
あなたがいるから、僕、思ったより辛くないんですよ。
「か…カイト君は…私の…大切な…大切な…っ」
「はい、ありがとうございます」
「大好きよ…!」
マスター…。
無意識って怖いですね。
そんなことを考えられる余裕があるの、自分でもびっくりです。
本当にあなたは…
「マスター。今度みんなに会わしてくださいね」
「もっ…もちろん!」
花みたいに、僕の心を明るく照らしてくれる。
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[mokuji]
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