これからよろしく



「…」


「…」


淡々と、手当をしていく。
ただ異様なことは、2人の間に漂い、上へと消えていく、淡い光。
きちんと消毒をして、包帯を巻く頃には、光は姿を完全に消していた。
血が止まったのと平行していたので、胸をなで下ろす。


「まだ痛いかしら」


「……まぁね」


女は憔悴しきったように、されるがままになっていた。
もたれ掛かるようにクッションの山に身を埋め、足はだらりと力なく投げ出されている。


血が大量に出たから、貧血になったんだろう。
たぶん当たっている推測をたてながら、救急箱を片づけた。


床に座っているため、見上げる形になる。
額にべったりと髪が引っ付いていて気持ち悪そうだ。
ハンカチで拭ってやろうとすれは、小さく頭が拒否するように揺れた。
ふぅと息を吐き、確認のため口を開いた。


「あなたは、メイコで間違いないのね」


「…えぇ」


痛みのせいでうつろな瞳は、それでも雅也を離さなかった。


「私は、あなたのマスターなのね」


「……そうよ。My Mster…」


最後にそれだけ言い残し、彼女は気絶したように眠りについた。


雅也は、誰ともなく、言った。


「大きい買い物をしたもんだわ」





朝ご飯を作っていると、後ろから声がかかった。


「マスター」


“あんた”じゃなくなったのか。
そのことに気づいても、雅也は料理をする手を止めず、前にだけ集中した。
たんたんたんと、小気味よい音がする。


「おはよう。腕の調子はどうかしら」


「大丈夫。問題ないわ」


「そう、良かったわね」


「マスター、昨日は悪かったわ。あんな突拍子のないことをして、気分悪かったでしょう」


本当に悪そうに言う彼女に、驚いて振り向く。


「失礼ね。私にだって常識くらい備わってるのよ」


昨日の減らず口はどこに行ったんだか。
と思ったことは筒抜けだったようだ。


「そう…ごめんなさいね」


「…なに作ってるの?」


「簡単なスープと、ベーコンエッグよ。食べれないのある?」


横にきた彼女は、絶句したように雅也をみた。
心に沿った口調に、彼女は驚きを見いだしたようだった。


「…私のこと、ちゃんと認めてくれたの…?」


「女の子にあれほどのこと、されちゃあね」


軽く笑いかけると、彼女は一歩後ろに下がり、深々と頭を下げた。
きょとんとしている間に顔を上げると、明朗と口を開かれた。


「私は、初めのボーカロイド。メイコよ。これからよろしく」


朗らかに、誇り高く笑うメイコには、同じプライドを感じた。音楽者としての、誇り。


「えぇ、よろしくね。私は安藤雅也。歌手よ」


お互いの手を握る。
その時のメイコは、心底ほっとしたようだった。


「さぁ、食べましょうか」


「ええ」


「っていうか、食べれるのね」


「マスター、よく空気読めないって言われない?」


失礼だわ。これだから変態は。
いちいち可愛げのない言い方をするこの女と、二人暮らしー…


「退屈から、程遠いところに行けそうね」


「なに独り言を言ってるのよ、変よ?」


「ご飯抜きにしてやろうかしら」

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