これからよろしく
「…」
「…」
淡々と、手当をしていく。
ただ異様なことは、2人の間に漂い、上へと消えていく、淡い光。
きちんと消毒をして、包帯を巻く頃には、光は姿を完全に消していた。
血が止まったのと平行していたので、胸をなで下ろす。
「まだ痛いかしら」
「……まぁね」
女は憔悴しきったように、されるがままになっていた。
もたれ掛かるようにクッションの山に身を埋め、足はだらりと力なく投げ出されている。
血が大量に出たから、貧血になったんだろう。
たぶん当たっている推測をたてながら、救急箱を片づけた。
床に座っているため、見上げる形になる。
額にべったりと髪が引っ付いていて気持ち悪そうだ。
ハンカチで拭ってやろうとすれは、小さく頭が拒否するように揺れた。
ふぅと息を吐き、確認のため口を開いた。
「あなたは、メイコで間違いないのね」
「…えぇ」
痛みのせいでうつろな瞳は、それでも雅也を離さなかった。
「私は、あなたのマスターなのね」
「……そうよ。My Mster…」
最後にそれだけ言い残し、彼女は気絶したように眠りについた。
雅也は、誰ともなく、言った。
「大きい買い物をしたもんだわ」
†
朝ご飯を作っていると、後ろから声がかかった。
「マスター」
“あんた”じゃなくなったのか。
そのことに気づいても、雅也は料理をする手を止めず、前にだけ集中した。
たんたんたんと、小気味よい音がする。
「おはよう。腕の調子はどうかしら」
「大丈夫。問題ないわ」
「そう、良かったわね」
「マスター、昨日は悪かったわ。あんな突拍子のないことをして、気分悪かったでしょう」
本当に悪そうに言う彼女に、驚いて振り向く。
「失礼ね。私にだって常識くらい備わってるのよ」
昨日の減らず口はどこに行ったんだか。
と思ったことは筒抜けだったようだ。
「そう…ごめんなさいね」
「…なに作ってるの?」
「簡単なスープと、ベーコンエッグよ。食べれないのある?」
横にきた彼女は、絶句したように雅也をみた。
心に沿った口調に、彼女は驚きを見いだしたようだった。
「…私のこと、ちゃんと認めてくれたの…?」
「女の子にあれほどのこと、されちゃあね」
軽く笑いかけると、彼女は一歩後ろに下がり、深々と頭を下げた。
きょとんとしている間に顔を上げると、明朗と口を開かれた。
「私は、初めのボーカロイド。メイコよ。これからよろしく」
朗らかに、誇り高く笑うメイコには、同じプライドを感じた。音楽者としての、誇り。
「えぇ、よろしくね。私は安藤雅也。歌手よ」
お互いの手を握る。
その時のメイコは、心底ほっとしたようだった。
「さぁ、食べましょうか」
「ええ」
「っていうか、食べれるのね」
「マスター、よく空気読めないって言われない?」
失礼だわ。これだから変態は。
いちいち可愛げのない言い方をするこの女と、二人暮らしー…
「退屈から、程遠いところに行けそうね」
「なに独り言を言ってるのよ、変よ?」
「ご飯抜きにしてやろうかしら」
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[mokuji]
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