これが…私が人間ではない証拠
「…」
「…」
静寂が流れる。
次に、重量のあるため息。
発したのはもちろん、この女。
「…ねぇ。なんか言ったら?」
「だれ」
「…ねぇ、あんた馬鹿なの?」
見てわからない?
そういって、笑いかけられる。
それはそれは皮肉めいた態度で。
…へぇ。
「みた感じはMEIKO」
「あら、その目、飾りじゃなかったのね」
「でも。あなたがコスプレをして不法侵入している変人にも見えるのよ。春でもないのに、ご盛んだこと」
「偽物だっての?」
「本物だという証拠はどこにあるのかしら?」
「…そう」
初めて言葉に詰まる。
案外弱い。この程度か。
そう思っていると、女は妖艶にほほえんだ。
「まぁいいわ。痛いから嫌なんだけど…ねぇ、あんた。私がもし人間を着飾っただけのものじゃない場合、なにか見返り用意してあるわけ?」
こっちにメリットがないのなら、動く気はない。ということだろうか。
「さて、なにがいいかしら?私はとにかく出て行ってもらいたいだけなんだけど」
「これで私が人間じゃなかった場合はそれ無理よ?私のマスターはあんたなんだから」
頭わいてるの?と言った言葉を無視して女は気怠そうに喋る。
「“マスター”は、私達のすべてよ。絶対の人。それがあんたなんかでも、私達には物言う権利なんてないの」
「あら。その割には軽口じゃない」
“達”?。もしかして他のソフト達のことを言ってんのか?
「別にいいもの。好かれようが嫌われようが。私を殺したければ殺せばいいし、あんたの行動に私達は従うしかないのよ」
淡々と、めんどくさそうに言う彼女の唇からは、少々過激な内容が飛び出した。
「なに言って…」
言い終わる前に、女は己の腕に食いついた。その突拍子の無さに、さすがの雅也も焦る。
ぷつりと皮膚の裂ける音がして、女の表情に苦悶がおり混ざった。
無意識のうちに止めようと腕をつかむ。
「…離せっ!」
「…」
女は無言のまま眉を寄せて顔を離した。
その唇は、鮮血で彩られている。
「これが、私が人間ではない証拠」
噛みきった傷口を、雅也に見えやすいように突き出す。
皮膚を無理矢理食いちぎったのだ、肉は裂け大量の血が溢れていた。
掴んでいた手を伝って、雅也のシャツを赤くしていく血液は、まるきり人間のものだと思えた。
「…とにかくっ手当するから立ちなさい」
ぅ、と女は小さな悲鳴を上げた。
腕が痛むらしい。それはそうだ。切れない刃物ほど、痛みをもたらすものはない。
つい、呆れたため息をついた。
「あなたは、なにが…した……」
いんだ。と続けたかったのだが、それはかなわなかった。
目の前のあり得ない光景に立ち尽くす。
淡い光が、血液を覆うように広がっていた。
それは彼女を直すために集まっただとか、そういう良いことを引き起こすための出来事でないことはすぐに理解できた。
それは誰にでも容易に分かることだった。
血液が、その光に変換されていたのだから。
ポトリポトリと落ちた赤い滴は、その淡い光となって空気中に消えていく。
「…わかった、かしら」
冷や汗の滲む彼女を見れば、相当な痛みを受けていることが伺える。
「えぇ、わかったから。ちょっと、失礼するわよ」
そう言ってから、即座に彼女の体を抱き上げる。
「!?」
固まったままの彼女を、手当のしやすいソファーに移した。
とにかく、止血をするのが先だと、雅也は光となって消えていく血を見て、途方もないため息をついた。
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