…変態…?
「機械…だったはずよね」
声に反応して彼女はうつろな瞳をゆるゆると向ける。
さらけ出された肩は小さく震えとても頼りなく見えたのに、彼女の瞳は鋭く自分を貫いた。
†
「歌う機械?」
きんと冷えたビールを飲み、向こう側にいる友人に問いかける。
「そう。ボーカロイドっていうんだ」
彼は興奮気味に体を乗り出す。なにかに熱中する子供のような顔に、思わず苦笑いを返した。
「それで?私そういうのに詳しくないんだけど」
「…なぁ、お前のその女口調止めないか?聞き慣れたといっても変な感じがするんだけど」
「もう癖なんだからしょうがないでしょ」
彼は飄々と言ってたばこをくわえる。
一室貸し切って飲んでいるため、気遣いは無用だ。
「で、私にその話を持ち出した理由はなに」
「お前さぁ。この前あの歌姫の美羽とコラボしたいっつてただろ」
「あー…言ってたわねぇ。結局予定が合わなくておじゃんになったけど」
「ボーカロイドって女性ボーカルがあるんだよ」
正直真剣に聞いていなかったのだが、その単語には否応なく反応してしまう。
「へぇ…」
「お。食いついてきたな」
「…で?」
「やー結構いろんなパートができるみたいでさぁ。ちょっとしたお遊びでどう?って勧めてみたいんだけど。お前に」
友人は言い終わると、またジョッキに手を伸ばす。
「…女性ボーカル…ねぇ」
少し考える素振りを見せながら、にやと広角を上げる。
変わった楽曲にも手をつけてみたいと思っていたところだ。
普段はロックを中心に歌手活動をしているため、その幅を増やすキッカケにでもなるかもしれない。
それに、機械が奏でる歌とはどんなものか興味がわいてきた。
「まぁ。買ってみてもいいかもね。最近退屈していたし」
「お、じゃあ買ったら教えてくれよ。見に行きたい」
「あんた、それが狙いでしょう」
「機械はどうも苦手なんだよ」
その後すぐに友人とネットでボーカロイドを購入した。
何でも良かったので、MEIKOというボーカロイドを勧められたままに買い物かごに入れた。
それから、数日後。
配達員から受け取ったダンボールの中からソフトの入った箱を手にし、まじまじと見つめる。
声にキャラクターがあるようで、露出度の高い、赤い服を着た女が描かれていた。
こういうのが更に人気を呼んでるのかもねぇ。
酒に酔った勢いで買ってしまった“ボーカロイド”だが、興味は半分にまで減少していた。
今となってはなぜあれほど楽しみに思えたのか。
しかし、今更いらないと言っても仕方がない。
せっかくだし、インストールしてみようとノートパソコンに入れた。
画面にインストール開始の文字と数字。
『インストールを開始します』
機械音の音声とともに、数字が姿を変えていく。
時間がかかるようだと、下の階にある冷蔵庫まで酒を取りに行き、次にパソコンの元へ帰ってきたときには異常をきたしていた。
『システムエラー。システムエラー。』
「は?エラー?」
更に言い募るノートパソコン。
『自動修正を行います』
「…」
どんどん気持ちがそがれていく。
もうインストールできても、アンインストールになってもどうでもいい。
とパソコンから視線をはずした。
『アンインストール不可能。エラー対象を排除して終了します。』
アンインストールになったらしい。
小さい息を吐いて、酒をのどに流し込む。
結局、なんだったんだ。
と思い、はたと気づく。
アンインストール…“不可能”?
その時、パソコンが爆発したのかと思うくらいの鋭い光を発する。
「ーっ!」
瞬間的に腕で顔を守る。
だんだん弱くなっていく光を瞼越しに感じた。
ソフトだけならまだしも、パソコンまで巻き込まれたのではたまったものではない。
壊れたのか確認するため目を開けると、異常な光景がそこにあった。
「え…?」
光の引いたパソコンの前には女性が一人。
ここは自分の家で、ほかの誰も住んでないことを数泊遅れて気づく。
だれだ?
その女性は、なかなかの美女だった。ふくよかな胸や、程よく肉の付いた脚部。
魅力的と言われればそうなのだが、長いまつげで彩られた瞼は堅く閉じられていて、その人の特徴がいまいちつかめない。
服装に意識をやって、ようやく気づく。
あのパッケージに書かれていた女の子の格好していた。
よくみれば、髪型や色まで同じ。
良くできたコスプレ。と片づけるのは安易に思われるほどリアルだった。
そして、冒頭の話に戻る。
†
声に反応した彼女は、ゆっくりとその赤茶の瞳をさらけ出し、こちらに向ける。
じろじろと不躾なほど見られ、少し首を傾げられた。
なかなかにかわいい反応だったのだが、次の言葉にその行動は憎らしいものになる。
「…変態…?ハッ」
初対面の女に鼻で笑われた。
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