相手は春雨の団長にして宇宙一の戦闘種族。力の差は歴然としているが、やはりムカつくものはムカつくわけで、雛を抱き締める彼の腕を見つめていれば自然と寄ってくる眉間の皺。その腕切り付けてやろうとサーベルを振りかざすと、春雨の団長は雛を抱えたまま後方に飛び退いた。僕は少し声を荒げる。


「早く離れろって言ってるだろ!?」

「嫌だね」


イライラが限界に達した俺は、二人に歩み寄ると、抱き付いている雛の左手を掴んでこちらに引っ張った。


「やっ!」


だけど、雛は右手でしっかりと春雨の団長の服を握って離さない。加えて団長が雛を抱く手も離れない。


「雛こっちに来いって!!」


引く力を強めると、


ガシッ


その手を春雨の団長に掴まれた。


「雛怖がってる…」


ギシキシと掴まれたところに力が加えられて、


「離さないと骨折っちゃうぞ」


ニコニコと言われた。離すまいとしても彼の力には敵わず、徐々に力を失う腕に悔しさを噛み締める。こんな不快な経験は初めてで、このイライラをどこに放出すればいいのか分からない僕は、鼻で笑って口を開く。


「さすがは夜兎、宇宙一の戦闘種族」

「…」


春雨の団長はニコニコと僕の手を払うと黙って聞く。僕は大きな声で、彼に怒りをぶつけるように最大限の睨みをきかせて言う。


「だけどこれで分かった。やっぱり君は雛といるべきじゃない!」

「…」

「こんな強大な力を雛が受け止められるはずないんだから。雛とは別れるべきだろ!?」

「…」

「雛といるのに戦闘力なんていらない」

「…」

「それ以外の力、財力、権力、地位、すべてにおいて僕の方が勝っているじゃないか。僕なら雛をこの宇宙で一番幸せに出来る!」

「…」

「本当に雛を思うんなら僕に譲りなよ。君に雛は幸せにできない。それどころか、春雨の団長さん、」

「…」

「いつか君は雛を傷付けるよ…」


パシンッ…


頬にチカッと熱が走って、目の前には涙を目に溜めて睨み付ける雛の姿。



なんで?


どうして僕にはいつもそんな顔ばかり向けるの…?



困惑していると、


「あはは」


春雨の団長が困ったように笑って、雛の頭を撫でて言う。


「雛、今のは俺の仕事でしょ?」


雛は何も言わずに再び団長に抱き付くと、


「…ごめんなさい」


短い謝罪が聞こえた。
春雨の団長はやれやれと溜め息を吐くと、こちらをニコニコと見つめて口を開いた。


「雛、この王子様と俺、どっちが好き?」

雛は小さく、でもはっきりと言う。


「…神威団長に決まってる」

「そう。じゃあ、俺のこと愛してる?」

「うん」


その答えを聞くと、春雨の団長はうっすらと瞳を開けて、マリンブルーの瞳で僕を見た。少し首を傾げて、怪しげに微笑むと、


「はい、すべてにおいて俺の勝ち」


そう言って、見せつけるように雛の腰に腕を回す。

僕は何も言い返せなくて、サーベルが手から落ちたことにも気付かずに、抱き合う二人を見ていた。
春雨の団長はそんな僕を見て言う。


「全く、雛を探してどんだけ俺が走ったと思ってるの?迷惑にもほどがあるよ」

「…神威団長、ごめんなさい」

「雛が謝る必要無いよ。悪いのはあいつだもん」

「…」

「本当は雛を拉致った奴殺そうと思ってたんだけどさ」

「だ、団長それは…」

「うん、しないよ。こんな弱い奴殺す価値無い」

「…」


今思えば、こんな僕を雛が好きになってくれるはずはなかったんだ。いや、例え僕がどんなに誠意を尽くしたところで、雛の心はやっぱり彼のところにあるのだろう。つまり、初めから勝ち目なんて無かったんだ。そして、僕は負けの中でも最低な負け方をしたんだ。








泣きたいくらいの敗北感

雛の心は彼のところに










20090517白椿