雛は好きな人がいると言って僕を拒む。だけど僕にはそれが理解できなくて、
「だけどここに来れば一生安泰だし、やりたいことは何でも出来るよ。ここにお嫁に来るのが一番の幸せだと思うけどね」
少し顔を歪めて首を振る雛。僕も顔を歪めて再び口を開く。
「だいたい、雛が好きだって言う神威団長って男は夜兎族なんでしょ?宇宙一の戦闘種族と言われている彼と上手くやっていくのなんて無理だよ。雛は夜兎じゃない」
それでも首を横に振る。そして、今度は雛が小さく口を開いた。
「なんで、…なんで神威さんにそんなこと言われなくちゃいけないの?」
見たら雛の目が少しウルウルしていた。
「そんなこと言われたくない」
泣きそうなのを堪えて睨みつけてくる姿に、僕は少し動揺した。どうして彼女が怒っているのか分からない。暫く沈黙が続いた後、彼女は俯いて言った。
「結婚は出来ません。あたし帰ります。神威団長のお誕生日プレゼント買わなくちゃいけないし」
くるりと背を向けた雛の腕を思わず掴む。
「待ってよ。それは困る。式の準備はもう始まってるんだよ?明後日には結婚式を挙げるんだから」
「あたしの気持ちは無視なんですか?」
言っている意味が分からない。だって、俺が直々に結婚を申込んだんだよ。女はいつもこっちが望んでもいないのに結婚を迫ってくる奴らばっかだったじゃないか。
「僕との結婚嬉しいでしょ?」
「決め付けないで下さい」
「嬉しくないの?」
「あたし、あたしにはもう決めた人がいるから…大好きな人がいるから…」
「…」
「だから神威さんとは結婚したくない!」
ドスッ
その瞬間、僕は過ちをおかした。雛の腹に拳を入れる。気絶させて、倒れた彼女を抱き締めた。
「そんなこと、あるはずないよ」
僕と結婚したくないだなんて。
-----*
一大事だ。雛が行方不明だなんて。阿伏兎の奴それを先に言えって話!言ってから気絶しろって話!!
一度気絶した阿伏兎は、起きるなり言ったのだ。
「雛は行方不明なんだよすっとこどっこい!」
少しばかり勘違いしていた俺は再び阿伏兎を気絶させそうになるが、真相を知ってビックリ仰天。早く探しに行かなくちゃってことで街に繰り出す。もう小一時間は探しただろうか…。だけど全然見つからない。本当に拉致されたって可能性もある。
「拉致った奴殺す」
俺のイライラは徐々に積もっていった。
-----*
目が覚めたらベッドの上だった。どれくらい寝ていたのか分からないけど、お腹に鈍い痛みを感じて気絶する前のことを思い出す。
「いっ…」
痛みに堪えて起き上がると、ゴージャスな広い部屋が目に入る。ベッド、ソファ、机、その他諸々すべてが高級そうだ。立ち上がって扉の前へ。ノブを回そうとしたが、向こうから鍵がかかっていて開けられない。今度は窓へ。カーテンを開けると、空は暗かった。大きな窓から外を覗くとあの花壇がはるか遠くに見える。いったい何階なんだろう…。とにかく分かったことは、逃げられないということ。
「…」
この状況で、あたしはあまりにも無力だ。何をすればいいのか全く分からない。
「神威団長…」
そういえば、お誕生日…。今はいったいいつだろう?このまんまじゃ間に合わないなぁ。それどころか迷惑をかけてしまう。団長、助けに来てくれるだろうか…?もしかしたら、こんな面倒事巻起こす彼女なんていーらない!とかなんとかなって、このまま捨てられちゃうかも…。
「…」
ヤバい。なんか泣けてきそうだ…。こんの泣き虫が!!泣いて状況が改善されると思うなよ!
「な、泣くな!本宮雛!!」
自分で自分にエールを…。
コンコンコン…
そんな時にノック音。
「あ、雛やっぱり起きてた。良かったぁ、丸一日寝てたんだよ」
「…え?」
扉から入ってきたのは神威さんで、丸一日寝ていたと言う事実に驚く。そして気付くのは、神威団長のお誕生日が明日に迫っているということ。
「あたしを帰して下さい!!」
反射的に叫んだ。早く帰らなくちゃ!!
「はぁ、まだそれ言うの?」
「いつまででも言います!」
こんな理不尽な結婚嫌だし、こんな自分勝手な男絶対嫌だ。
「そんなに神威団長さんのこと好きなの?」
「はい!」
「はぁ…」
神威さんは溜め息を吐いて、後頭部を掻きながらこちらにやってくると、
「!!」
グイッと顔を寄せてニカリと笑い、
チュッ
短いリップ音を立てて言った。
「僕のことを好きになってよ」
ドンッ!
あたしは目を見開いて神威さんを突き飛ばす。
く、唇に触れた……!!
…キスしちゃった…!!
「…や、やだ…」
やだやだやだやだやだやだやだやだ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!
ゴシゴシと手の甲で唇をこする。
「いったぁ〜」
尻餅をついた神威さんは腰を擦りながら立ち上がると眉間に皺を寄せて言う。
「何するのさ」
「こ、こっちの台詞です!!」
ついに一粒の涙が落ちる。
今まで神威団長にしか許したことなかったキス…。いきなり汚された気分だ。
「だ、…大っ嫌い…」
あたしは泣きながら叫んだ。
「神威さんなんか大っ嫌い!!!」
その時扉から入ってきたのは大好きな桃色頭で、
「がーん」
見れば神威団長がそう呟いて突っ立っていた。
-----*
「だ、団長ー!!!」
そう叫ぶと雛は駆け寄ってきて思い切り俺に抱き付いた。
「アレ?」
さっき雛俺のこと大嫌いって言ってなかったっけ?言ってることとやってることがグチャグチャだよ。何?え?どうすればいいんだコレ…。
雛の大嫌い発言に少々ショックを、いやかなりのショックを受けて、だけど抱き付いてきた彼女をどうしたものかと考えていれば雛が早口で語り出した。
「あ、あたし結婚するなら神威団長とがいいですぅ!」
え?何急に告白?
「なのに神威さんが結婚しろって言うからあたしは神威団長が好きなんだって言ったら、神威さんいきなり、き、キ、キスしてきて嫌だったー!!!!!」
えええええ!?何コレ?何この訳分からない説明。つまりは俺が悪いの?
「雛?キスって…俺なんかしたっけ?」
「神威団長は悪くないですー!!!」
パニクって泣きじゃくる雛に困惑。俺もパニックだよ。
「ちょ、あの意味不明…つまりどうしたの?何で泣いてるの?落ち着いて話して」
「…うぅ…神威ざんとは結婚しだくないんでず…!」
「ええ!!?そんなカミングアウト……、雛、何で?俺のこと嫌いになったの…?」
「神威団長は大好ぎでず!!」
「……よく分からないけど、俺も雛好きだよ」
雛は意味不明だった。
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抱き合う二人を呆然と眺めていれば沸き起こるのはイライラ。
こいつが神威団長…
桃色の髪を一つの三つ編みにくくった彼は、泣く雛をしっかりと抱き締めて、よしよしと背中を撫でていた。僕は彼に言う。
「君が、春雨の団長だね?」
「ん?」
「悪いけど雛から離れてくれないかな」
腰に携えていたサーベルを抜く。
「あんた誰?」
春雨の団長はニコニコと笑顔を貼り付けて問う。
「僕は神威。この国の王子だ」
「は?それは俺の名前だよ」
「僕の名前でもある」
「…ふーん、なるほどね。雛の言ってる意味が分かってきたよ」
「早く雛から離れてくれ」
「…」
サーベルを向けても、ニコニコと雛を抱き締めている彼。そして言った。
「弱い奴と戦うのは面倒だ」
その言葉にカチンとくる。
「早く雛から離れろ!その子は僕の妻になる女だ!」
「は?何こいつ…雛、殺していい?」
「ぞ、ぞれはダメでずっ」
いつまで経っても抱き合ったままの二人に、僕は締め付けられるような胸の痛みを感じた。
初めて知った
相思相愛な男女の姿を
20090516白椿