そこは大きな白いお城の広い庭。いろんな種類のお花が綺麗に手入れされて風に揺れている。あたしは一人でその庭を歩いていた。どうしてこんなゴージャス感漂う場所にいるのかと言われれば、それは数日前の話、
6月1日が神威団長のお誕生日だと知ったのは一週間前の5月25日のことだった。全くもって急なことこの上ない。阿伏兎さんが教えてくれたのだが、困ったことに宇宙船の中ではプレゼントも何も準備することが出来ず、気付けば誕生日は明後日に迫っていた。彼女として失格だよね。彼氏のお誕生日も知らないなんてさ…。
「雛、二時間後に惑星に着陸する。俺の仕事が済んだら買い物に連れて行ってやるから準備しとけ」
ええ!!なんて優しいの阿伏兎さん!!
「ありがとうございます!!阿伏兎さん!!!」
阿伏兎さんの仕事に付いていくことを神威団長に告げると、
「じゃあ、俺も行こっかなぁ」
ニコニコとそう言う。いやそれはまずい!!こういうのは秘密で準備して当日バンッと実行して喜んでもらいたい。あたしは言う。
「い、いやでも!!今回の惑星も日差し強いって話だし別に戦場ってわけでもないし神威団長行くメリットないですよ!船に残った方がいいと思います!!」
「え?大丈夫だよ傘あるし、たまには平和なとこ雛と歩くのもいいよ。雛は平和が好きでしょ?」
「ま、まあそうですけど、阿伏兎さんだっているし!二人でゆっくりなんて出来ないですよ!なんか面白いものなんて無いって聞いたし!今回はあたしと阿伏兎さんに任せて下さい!」
その後数回こんなやり取りをすると、
「ま、まあ、…雛がそこまで言うんなら…」
神威団長はニコニコと去って行ったけれど、いつもピンと立っているピンクのアンテナが萎びていた。ちょっと罪悪感を感じた…。
そうして今ここにいる。阿伏兎さんはこの大きな白いお城の中。王様と話しているのだろう。春雨のビジネスだそうで、この惑星の豊富な資源が目的らしい。確かに目立った物は無いが、活気のある惑星だと思った。来る途中の街中は沢山のお店と人々の声が散りばっていた。ここならプレゼントだって探せる。だけど一人では危険なので、俺が戻るまで待ってろと阿伏兎さんに言われ、素直に言うことを聞く。確かにそうだから。あたし世間知らずだからね。そしてその間このお城の庭を散歩させてもらうことに。広くて綺麗で噴水もある豪華なお庭。あたしがイメージするお城庭とピッタリ重なる場所だった。
「君、誰?」
「え?」
真っ赤なチューリップを眺めていた時に響いた少し高めの男の人の声。振り向くと、
「こんにちは」
キラキラ光るストレートの金髪を後ろで一つにくくった青年が一人。深いマリンブルーの瞳がまっすぐこちらを見つめる。その瞳が誰かに似ているようで目を細めれば、頭に浮かんだのは神威団長だった。
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「本宮雛といいます」
ここに女の子がいるなんて珍しいことだ。それも一人で。薄い桃色のチャイナ服に、飾り一つつけてない黒い髪。ネックレスもブレスレットも、宝石も何もつけていない女の子。
「本宮雛?」
「はい、えと、貴方は?」
「え?」
そして彼女、雛は僕のことを知らなかった。これは初めてのことだ。いつでも出会う相手は、自己紹介をしてなくても俺のことを知っていたから、だから自己紹介をするのは初めてに等しくて、
「僕は、神威」
ちょっとドキドキしながら名乗れば、目を見開いて驚いた様子の彼女。
「どうかした?」
そう問えば、ニッコリ微笑んで、
「いいえ、貴方の名前が、あたしの知り合いと同じだったもので」
そう言う彼女がとても輝いて見えた。不思議だね。宝石なんて付けてないのにさ。何にしても、これはそうそうあることじゃない。町の子だろうか?いや、それなら俺のこと知ってるはずだ。じゃあ、
「雛、どこから来たの?」
そう問えば、雛はうーんと考えて言う。
「…宇宙?」
「宇宙!?」
「はい…えと、あたし春雨でお世話になってるもので」
春雨って、あの宇宙海賊春雨?ああ、そういえば、父上が今日は来客があると言っていたっけか。そうか、確かにそれならすべてに納得がいく。そして僕は、雛に興味を持ったのだ。
「ねぇ雛」
「はい」
「散歩に付き合ってくれない?」
「え?」
「ちょっと話そうよ」
「あ、いいですよ」
二人で歩き出せば、風も太陽も、すべてが気持ち良く感じる。付き添いなしで女の子と二人きりなんて初めてだからかな。僕は少しくすぐったいような気持ちで口を開く。
「ここへは、やっぱりビジネスかなんかで?」
「はい。あたしにはよく分からないんですけど、阿伏兎さんはそう言ってました」
「阿伏兎さん?」
「あ、春雨の人です。仕事が出来る優しいおじさんです」
「へー」
「きっと今交渉の最中ですねー」
「君はどうしてここに?その阿伏兎さんに付き添ってなくていいの?」
「あたしは仕事に関してはなんも役に立ちませんから。えと、ここへはもうすぐ団長のお誕生日だから、プレゼント買いに…」
とても可愛らしく微笑む。
「団長?」
「はい、春雨の団長です。あ、その人の名前が神威なんですよ!」
とても嬉しそうに語る。
「春雨の団長が僕と同じ名前なんだ」
「はい!そうみたいです!あたしもビックリしたんですけどね」
「へー」
その後も雛との会話は途切れることなく続いた。宇宙のこと、地球のこと、それから神威団長のこと。こんな話は初めてで、こんな表裏ない笑顔は初めてで、ついでにこんなに親しく話してくれる女の子は初めてで。
「ところで、貴方はここで何を?」
「僕?僕はここの王子だよ」
「え…ぇえ!!?」
ビックリした雛も可愛かった。だけど、王子だと知った後も彼女の態度は変わらなくてさ。僕は嬉しかったんだ。
「お、王子様って初めて出会いました!」
「そう?」
「はい!普段はどんなことをされてるんですか?」
「はは、別に変わったことはしてないよ」
今まで無理矢理お見合いさせられたことが何度かある。相手はどこかの金持ちばかり。正直みんな気持ち悪かった。白い肌は厚く塗られた化粧によるもの。バサバサな睫毛に甘えたような声。着飾った服に宝石が輝いて、でも似合ってないんだよ!!と叫びたくなったが堪えたり…。話すことは自分の財力のことばかりで、話していて楽しいなんて感じたのは、雛、君が初めてかもしれないよ。
「それにしても、今日は天気がいいですね」
「え?、あ、うん…そうだね」
こんな何でもないようなことを幸せそうに呟く女の子は初めてで。
「そうだ!!雛、お城の中案内するよ」
「え?」
「行こう」
「あ、でも…」
戸惑う彼女の手を引く。もっと話してみたい。もっとこの可愛らしい笑顔が見たい。ねぇ、僕は君のこと気に入ってしまったよ。だからここにいてほしい。城の入口からメイドが数人出て来ている。きっと父上と阿伏兎さんの話に一段落ついたのだ。もうすぐ阿伏兎さんが出てくるに違いない。そしたら君は行ってしまうのだろ?まだ出会って間もないのに、君が行ってしまうのは嫌だから、僕は彼女の手を離さない。彼女が去ってしまわないように。彼女を逃がすまいと…。
そうだ!!
ねぇねぇ、君がここに残れる素敵な方法を教えてあげる。君を僕の妻に迎えよう!
恋をした王子様
彼女を手に入れたい
20090514白椿