それは血に染められた愛だった。





交渉の為に着陸した惑星は、宇宙にもそれなりに名の知れた観光地だった為、団長と俺は交渉に一区切りついたところで観光をすることにした。


「わぁ、綺麗なもんいっぱいあるね」


綺麗な町並みはもちろんのこと、道に沿って建てられた可愛らしい店たち。通りは様々な種族が混在して賑やかだ。団長が見ていたのはアクセサリーのお店。当然それは彼女を思ってだろう。


「何が楽しくて阿伏兎と観光してんだろ?雛を連れて来よう」


という少し酷いセリフも受け流す。確かに俺と観光するよりは雛を連れて来た方がいいだろう。雛は我が儘をあまり言わないから、こういう時に団長が楽しい思いをさせてあげようと気を配っていることは知っていた。


「雛連れてきますか?」


俺も雛に楽しんでもらうことには賛成だったので、


「そうするよ、一回船に戻る」


そう笑顔の団長に黙って付いていく。これが後の悲劇に繋ると知らずに。











雛を連れて三人で街中へ。完全に俺は邪魔者だと気付いていたので、一人で観光することに決めて団長たちと分かれる。若いもんは若いもん同士で楽しくやればいい。どっちにしろ俺は明日の交渉について考えねばならないから遊んでいるわけにもいかない。何しろ上がちゃらんぽらんなもんで、俺がしっかりするしかないのだ。


パァンッ!!


そんな破裂音が聞こえたのは団長たちと別れてすぐだった。悲鳴とざわめきが広がっていく中で音のした方へ。ただの興味でだ。しかしその興味は一瞬にして焦りに変換される。


「…雛?」


ざわめきの中心にいたのが、団長と雛だったからだ。


「雛…どしたの?」


横たわった雛から真っ赤な血が広がっていく。それを呆然と見つめる団長に笑顔はなくて、


ヤバい…


直感で感じる身の危険。夜兎の嵐の前兆とでも言うのか。俺の額を冷や汗が伝った。


「あははっ…どしたの雛?…無視?」


団長が笑う。笑って雛の血に触れた。


「…起きなよ…雛…?」


周りには観光客が野次馬として集まっていた。その中で焦ったようにこの場を去る男が一人。人込みに紛れて、異様なオーラを放ちながら去る。それはおそらく、交渉相手の手の内の者だろう。無理な要求を押し付ける春雨への報復。その男が団長を狙ったのか雛を狙ったのかは分からない。しかし、結果撃たれて倒れたのは雛で、倒れて動かない雛を見つめる団長の瞳が変わったのは次の瞬間。


「ねぇ、今撃ったの誰?」


団長の笑顔に黒いオーラが纏わりつく。


「誰?」


俺も冷や汗が噴出す。殺気が半端ない。周りは静まり返って、団長の微かな笑い声だけが響く。そして団長はさらに口端を歪めて言ったのだ。


「名乗り出ないつもり?まぁいいや…全員殺せばいい話だもんね?」


スパンッ


一瞬にして5人の首が宙を舞った。遅れて悲鳴があがる。彼らに罪は無いものを。団長の目が完全に我を失っていた。これは止めに行けば殺されると判断した俺はとりあえず雛に駆け寄った。


「雛」


見れば大量に血を流す彼女。幸い急所は外れているらしい。彼女の心臓はまだしっかりと脈を刻んでいる。急いで治療すれば助かるだろう。

周りはどんどん血で浸食されていった。悲鳴が途絶えていく。我を忘れて跳ね回る団長は、おそらく雛が死んだと思い込んでいるのだろう。ろくに確かめもせずに狂い出すのはやめて頂きたいが、撃ってきたのは向こう、交渉は決裂。もう俺がどうしてやる義理もねぇか。とりあえず雛を船へ運ぶことにした。










雛の治療に一段落ついたので、現場に戻って溜め息した。これはまた派手に片付いたもんだ。立っているものがない。人も建物もすべて。せっかくの観光地が台無しだ。


「もぅおじさん始末書書くのいやなんだけど」


とりあえず歩を進めていけば、一人立ち尽くす桃色が見えてきた。周りには交渉で見た顔が並んでいた。その顔もすぐに原形が分からないほどに踏みつぶされたわけだけど。


「…団長」

「…」

「雛は大丈夫でしたよ」

「…阿伏兎?」

「そうですよ」

「…ごめんネ、全部殺しちゃったよ」

「見りゃ分かりますよ」


本当は謝る気なんてないくせにとは言わない。振り返った団長の顔が恐ろしかったから。笑顔じゃない。真顔。


「気がすんだら戻って下さいよ。すぐに雛も目を覚まします。この状況を見せるのは酷ですよ」

「…」

「さっさと出発しますよ」

「…うん」


顔に、徐々に表情が戻ってきたのが分かる。色が戻ってきたとでもいうのだろうか。団長はうっすら微笑んでこちらに戻ってきた。血だらけだ。


「団長」

「なに?」

「どうせ今回の交渉は決裂だったからいいけどよ、先走った誤解はやめて下さいよ」

「…」

「雛はあん時死んだわけじゃなかったんですから」

「…誤解なんてしてない…ちょっとパニクっただけだよ」

「はい?」

「どうしていいか分からなくなったんだ。雛が倒れてからの記憶があんま無い」

「…はぁ?」

「阿伏兎に呼ばれるまでどっかとんでた」

「…」


恐ろしい人だ。だが、


「でも、あそこでは雛の安否を確かめるのが先だろ?これだといつか本当に失いますよ?救えるもんも救えない」

「違うよ」

「…何がですか?」

「雛の安否を確かめなかったんじゃない。確かめられなかったんだ」

「…」

「もう力加減の仕方が分からなくなっててね…あん時もし俺が雛に触れていたら、間違いなくとどめさしてたよ…触れて壊すのが怖かった」

「…」

「ほんっと…情けなくて吐き気がする」


この後、雛が目覚める前に船は離陸した。目覚めた雛はその理由を訊かない。自分の傷と団長の様子から直感で訊かない方がいいことを悟ったんだろう。助かる。


「…神威団長、…あたしトイレ行きたい…」

「いいよ、一緒に付いてくから」

「…、でもトイレん中まで入ってくるのやめて下さい」

「トイレの中で射殺されたらどうすんの?」

「されません!」


完治に向かいつつある雛に、しばらく団長がベッタリくっついて離れなかったのは言うまでもないだろう。









血に溺れた愛

安堵も笑顔も涙も混乱も、原因はすべて君











100000なんだぜ☆
アンケで頂いたシチュ。もしヒロインが兄貴の前で死んじゃったら…死んでないですけどね(笑)
thanks.夏様
20090812白椿


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