一週間という長期任務。戦場じゃない。交渉だ。阿伏兎に任せようと思ったのに、向こうが交渉するにあたって提示してきた条件が俺が交渉に来ること。
「あの娘ウザッたかった」
「まぁそう言うな」
交渉人の娘。どうやら俺がこの任務に参加しなければならなかったのは彼女が原因で。
「どうして女ってあんなにしつこいんだろうね」
「ほぉ、女はしつこいねぇ」
「なに阿伏兎その言い方」
「…雛も女だぞ?」
阿伏兎がものっそいやらしく笑う。ムカつく。
「雛は別だよ」
「別ねぇ」
「あの娘と雛を比べてみなよ、天と地どころか天国と地獄の差だよ」
「へーへー」
「だからその笑いはなに?」
「だってよぉ、団長そんなこと言ってあの娘さんとデートしてきただろ?」
「はぁ?殺されたいの?阿伏兎が交渉のために行けって言ったんでしょ?」
「随分長かったなぁと思ってな」
「言っとくけど何もしてないからね?あっちがなかなか解放してくれなかったんだ」
「ほー」
「しかも服だの鞄だの宝石だの」
「…なんだ?たかられたってか?」
「しかも遠回しにだよ、『あ、あの指輪かわいー』とか、わぁ思い出したら気分悪くなってきた」
「ごくろーさん、あの娘さん、最後まで団長引き止めてたもんなぁ。好意持たれてたんだよ」
「勘弁してよ、あー雛が足りない!一週間も会ってないんだよ何の拷問?」
「もうすぐ会えますよ」
「早く着けー」
春雨の戦艦に到着してから向かうのは雛の部屋。まっすぐ目的地に向かって歩調は速くなっていく。扉の前まで来てノック。
コンコンコン
返事は無かった。今は夜中だから当然といえば当然。俺は迷いなくノブに手を伸ばす。
ガチャリ
鍵はかかっていなかった。開いた部屋は照明がおとされていて暗い。部屋の隅にあるベッドに彼女は横たわっていた。
「雛ー」
呼んでも起きないのでベッドに近寄れば穏やかな寝顔。せっかく雛に会いたくて急いで帰ってきたのに、君はすやすや夢の中ですかそうですか。なんか面白くない。この一週間雛はどんなふうに過ごしてたのかなぁと考える。少しでも俺に会いたいと思ってくれたかなぁと。
「雛」
起きない。よっぽど眠りが深いらしい。起こすのは可哀相だろうか…?
「まぁいいや、俺雛と話したいし、うん起こそう」
ゆさゆさ
雛の身体を少し揺すったら、
「う…ん…」
うっすら目を開けた雛は俺を見ると眠そうな顔でヘニャリと笑って、
「あ、神威団長おかえ、りなさい」
掠れた声で言った。
「ただいま雛」
無理矢理起こされたのに笑って『おかえり』を言ってくれたことが嬉しい。それだけで今までのモヤモヤが晴れていく。思わず雛の腕を掴んで無理矢理起こし、その身体に抱き付く。
「…びっくりした…」
雛は眠そうに呟く。
「ごめんネー今俺雛不足でねー」
「…ん」
雛は特に抵抗なくこちらに体重を預けた。そのまままた眠ってしまいそうな彼女に少し寂しさを感じながら、
『…雛も女だぞ?』
さっきの阿伏兎の言葉を思い出す。そんなことは知っている。分かっているはずなのに、妙に引っ掛かるコレは何だろう?抱き締めた身体の柔らかさが物語る。彼女も一人の女だと。
「眠い?」
「…ん」
眠そうな雛を抱き締めたら、
『雛は別だよ』
さっき俺が言った言葉が甦ってきて首を傾げた。
本当にそうだろうか…?
雛は良い子だ。我が儘を言わない。地球産と夜兎という違いはあるから、戦うことについて吉原で雛の扱いに困ったことはあったけど、それ以外で困らされたことはないんじゃないだろうか?
もしかしたら我慢してんじゃないかな…?
ふとそんな考えが頭をよぎる。さっきの引っ掛かりはこれだ。
「ねぇ雛」
「…なんですか…?」
眠そうな声。
「俺になんかしてほしいことある?」
「んー?」
「買ってほしいものとか…服とかさ」
「…んー」
「アクセサリーとか…最近買い物行ってなかったでしょ?明日あたりどっか行こっか?」
今回の任務先にも買い物できそうな所は沢山あった。あの交渉人の娘と先に行ってしまったけれど…。
どこに連れて行こうか記憶を辿って考えていれば、
「…欲しいもんないですよー」
ウツラウツラしながらの雛から返答があった。
「本当に?」
コクリと頷く。
「…そう、じゃあ俺は何をすればいい?」
好きでもない女の買い物には付き合って、本命の彼女には何もしてあげていない。何かしてあげたいこの衝動に眠そうな彼女を無理矢理付き合わせる。迷惑な彼氏だね。だけど、
「何もしなくていいですよー」
雛からはそんな言葉が返ってきて、
「…やだ」
思わず漏れた言葉に雛は顔を上げた。
「ん?」
「雛、何か言ってよ」
君にとって俺は我が儘一つ言えないような存在なの?
訳の分からない焦燥感。
「何か我が儘言ってよ」
「…?」
雛は首を傾げて俺を見上げた。瞬きをしてから再びもたれかかって一言、
「…じゃあ明日一緒にいて下さい」
「…は?」
「明日はどこにも行かないで…くれると嬉しい」
そんなの、言われなくても雛の傍を離れるつもりなかったのに…。そんなの、我が儘って言えないのに。そんな可愛いお願いに嬉しいと感じる自分に溜め息した。
「雛ごめん、眠いのに起こして」
フルフルと首を振るが眠そうだ。明日、起きてからもう一度訊いてみよう。そしたら、もっとマシな我が儘が出てくるかもしれない。その我が儘全部叶えてあげよう。そう思ったのに、次の日、
「…今日一緒にいて欲しいって、昨日言ったじゃないですか」
顔を赤くして言う彼女に、俺は首を傾げた。
「そんなの我が儘って言わないよ」
言えば困った顔をする。雛は我が儘ってもんを知らないのだろうか?
あの娘みたいになってほしいわけではない。だけど良い子すぎる。どこまでも綺麗すぎてどこに触れればいいのか分からなくなる。もう少し汚れた部分を見せろと叫びたくなる。そんな部分無いのかもしれないと寂しさを感じる。生きてる世界が違うみたいだ。こんな思い、彼女にぶつけても仕方ないのに。
「…まぁいいや、でも買い物は行こ?」
「え?」
「これは俺の我が儘…ね?」
「はい」
「あとさ、もう少し我が儘になった方がいいよ、雛の場合は」
もっと我が儘言って、俺を困らせてみてよ…
困ったように笑う彼女を抱き締める。
ああ、
我が儘は
俺の方だった
もっと君のためにいる俺でありたい…なんて、これは空回る愛情で…
Thanks.100000
ちょっと切ない団長さん
20090806白椿
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