それはほとんど拉致だった。
「ねぇ、一緒に来て」
その言葉を理解する前に意識を失った。気づけば宇宙海賊春雨の船の中にいて、両手を拘束する手錠と痛む後頭部。そして暗い牢の中。次第に状況を理解すれば溢れてくるのは涙ばかり。どうしてわたしばかりこんな目に合わなくてはいけないのか。響く嗚咽がさらに情けなさを煽る。
「あり?泣いてるの?」
そんな時に聞こえたのは、
「…っ!!」
「どうしたの?」
あの桃色おさげの青年だった。わたしが拉致される寸前、最後に見た人だ。
「あー、そりゃこんなところに拘束されてたら泣きたくなるよねー、後で阿伏兎殴らせてあげるよ」
そう言って、
ガシャン!!!
ものっそい破壊音と共に牢を破壊した。ついでに手錠も外されて、
「大丈夫?」
そう言って手を差し出された。わたしはどういうことなのか分からなくて目を丸くするばかり。拉致したのはこの人なのに、今助けてくれたのもこの人、いい人?悪い人?
「ほら」
そう言ってさらにこっちに手を伸ばす。その手を取るべきか取らないべきか。
「早くしないと放置しちゃうぞ」
放置されるのは困ると思い手を握った。すると青年は満足そうに頷いてわたしを立ち上がらせる。
「行くよ」
そのまま歩き出した青年に黙って付いていく。結局不安な心は増すばかり、涙が止まったのも一時的。また潤ってきた瞳を無視して鼻をすすった。すると振り返る青年。
「なんで泣いてるの?後で阿伏兎のことは殴らせてあげるよ」
阿伏兎が誰なのか知らないけれど、別にその人が殴りたくて泣いているわけではない。そんなわけないじゃないか。青年は不思議そうにこっちを見て、
「…」
しかし無言なまままた前を見た。歩いて歩いて、景色の変わらない通路を右に曲がり左に曲がり、そうしてある扉の一つを開けたら、
「はい、ここがなまえの部屋」
「え…?」
確かにそこは女の子ようにデザインされた可愛らしい部屋だったのだけど、
「…なんで?」
「ん?」
「なんでわたしの名前知ってるんですか…?」
今確かになまえって言った。名乗った覚えはない。
「そんなの知ってるに決まってるだろ?」
しかし答えは答えになっていない。ニコニコと可愛らしい微笑みをたたえて言う。わたしはそれ以上言葉を紡げなかった。
「トイレもお風呂も部屋の中にあるから自由に使っていいよ」
「…」
ひどいことされたはずなのに優しくされてしまって、いったいわたしがどういう立場なのか分からない。とりあえず部屋に一歩踏み入れば、
「じゃあゆっくり休んでよ」
その言葉を残して去っていく。閉められたドアに部屋が少しだけ暗くなった。電気のスイッチらしきものを見つけたが、そのままピンクのベッドに倒れ込む。どういうことなのか分からないけれど、もう家には戻れない気がした。また涙がじわり。どうしよう…これからどうすればいいんだろう。
ぐすっ…ずぴっ
再び嗚咽が部屋に響く。眠れたら楽なのに今は無理そうだ。さっきの青年にすべてを問いただせばいいのだが、弱虫なわたしはそれも出来ない。口を開けば声は震え、涙も顔を出す。言葉を紡ぐ前に嗚咽が漏れる。仕方ない。こんなことそうそうあるものではいのだ。
そうやってメソメソしている間に時間が流れた。
「なまえー」
ノックもなしに開く扉。あの桃色の青年がひょっこり顔を出して、
「あり?まだ泣いてたの?」
そう首を傾げる。そしてその後ろから、
「ほら、阿伏兎つれてきたよ」
強面のおじさんが顔を出した。もしかしなくてもこれが阿伏兎さん…?
「なまえ、ほら殴っていいよ」
わたしは固まった。こんな恐いおじさん殴れるわけないじゃないか。何を言ってんだこの人は。
「あのぉ、団長」
「なに阿伏兎?」
「なんで俺が殴られにゃならんのですか…」
「阿伏兎がなまえに酷いことしたからだよ」
「…」
泣き過ぎて目が痛い。絶対に腫れている。それでも涙は出てくる。このまま身体の水分全部搾り出して死んでしまおうか。そんなことを思って鼻をすすった。
「ほら、早く殴りなよ」
わたしは首を振った。殴るなんて無理。殴りたいなんて一言も言ってない。
「はぁ、仕方ないなぁ、じゃあ俺が代わりにやったげるよ」
「は?おいちょっと待て団長!!」
ゴスッ!!!
そうして阿伏兎さんは倒れた。それを放置して桃色の青年が近寄ってくる。あの細い身体のどこにあんな力があったのだろう。思わず身を引いた。すると、
「ねぇ、なまえ」
青年はそんなことかまわずに思いっきり身を寄せてきた。ぐいっと顔を覗きこんで、
「なんでそんなに泣くの?」
そう不思議そうに言う。いや、少し心配そうに言った。しかしながら、なんでかと訊かれれば理由は貴方ですとしか言いようが無い。ここに拉致されてしまったことが悲しいのだ。思わずまた嗚咽が漏れそうになたときに、
「笑ってよ」
ほっぺをむぎゅっと掴まれて、引っ張られた。
「ひゃいっいひゃいいひゃい!!」
半端なく痛い。痛さゆえに涙が出た。泣いてばっかだ嫌になる。
「だからなんで泣くの」
痛いからです。今は痛いからです。でもほっぺを摘まれていては言葉を紡ぐことも出来ず…。
「はぁ…」
青年は溜め息と共にほっぺを離した。痛い。すごく痛かった。ほっぺびよんびよんになった気がする。おそらく真っ赤になっているであろうほっぺをさすっていたら急に視界が暗くなった。
ん…?
背中に回された腕に力がこもる。ぎゅってされているらしい。身体に力が入る。涙は止まる。
「泣かせたくて連れてきたんじゃないよ」
青年は言う。そんなこと言われても、じゃあ何のために連れてきたというのだろう?結局訳が分からないまま、
「今は無理かもしれないね…ごめんね」
物語の始まり
いつか俺の隣で笑ってほしい
団長の一目惚れ
20090824白椿
[*前] | [次#]