「この船を降りたいです」


彼女は言った。俺のお世話係である彼女は人間、地球産だ。地球産にしてはそれなりに戦える方だと思うが、やはり夜兎には到底敵わない。弱さを最も嫌う俺がどうしてこんな地球産を側に置いているのかと言えば、


「えー、あんたに降りられたら困るよ。これからの俺のご飯は誰が作るのさ?」


地球のご飯は美味しいのだ。地球のご飯が美味しい理由は、作る人の腕と材料の質の良さにある。というわけで、地球産を一人側に置いていたのだ。彼女のご飯はとっても美味しい。


「すみません…。ですがまた地球へ行けば、ご飯作るの上手い人は沢山いるかと」


ご尤もだ。確かもうすぐ地球での任務があったはず。探そうと思えば、彼女の代わりはいくらでもいるだろう。だけど俺は何か気に入らなくてね。ちなみに、と訊いてみる。


「どうして船を降りたいの?」


すると彼女はモジっと下を向いて、少し恥かしそうに口を開く。


「…彼がいたから、です」

「ん?」

「やっと見つけられたから…」


彼女が春雨で働いていた理由。それは宇宙のどこかにいるであろう思い人を探すためだったとか。その人を今しがた到着した惑星で発見したのだそうだ。


「ふーん」

「…」


彼女は少し心配そうに俺を見る。俺は口は開いた。


「一度はあんたを置いていった奴なんでしょ?それでもそいつの所へ行くの?」


彼女は優しく微笑んだ。


「…はい。えと、彼は夜兎なんですよ」


語り出す彼女は、そう、言うなれば女の顔をしていた。


「夜兎は戦いだけ求める種族だから、だから地球産であるわたしを幸せには出来ないって、他の誰かを探してくれって、彼はそう言って去って行きました。」

「…」

「…優しい人でしょ?」

「ふーん」


気に食わない。ああ気に食わない、気に食わない。俺だって彼女にはそれなりに優しくしてきたつもりなんだけどなぁ。

まぁ、考えておくよと言うと、彼女はよろしくお願いしますと言って一礼した。そして部屋を出て行く。

さてどうしたもんか。彼女が船を降りてしまうのはなんか嫌だ。彼女の代わりなんて探すのも御免だ。つまり、俺のこのイライラを鎮めるためには、彼女が春雨に残るという選択をしてくれる他にない。どうしてしまったんだ俺。こんな気分初めてだよ。もしかして、俺、彼女に執着してる?いやいやそれはないよね。よりによって地球産に執着だなんて笑えないよ。有り得ない有り得ない。だけど仮に執着してるとしたら、俺弱くなったってことだよね?困るなぁ。俺をこんなふうにしておいて、挙げ句他の男のもとへ行こうだなんて。いや、執着なんてしてないけどさ。


「うーん…」


やっぱその男殺しちゃおっかな。夜兎だっていうし、戦ったらそれなりに楽しめるかも。ああ、でもそんなことしたら彼女に嫌われてしまうかもしれない。それは嫌だなぁ。やっぱ一言言っておくべきだよね。彼女は優しい男が好きみたいだし。相談しておこう。

俺は彼女の部屋まで行くと三回ノックをした。奥から彼女の声が響く。


「…はい」

「俺だよ」

「あ、ちょっと待って下さい」


ガチャリとドアが開いて、彼女は笑顔で迎えてくれた。俺は早速本題に入る。


「あのさ、あんたが好きになった男、殺してみようかと思うんだけどどう思う?」

「え…は、はあ!?」










愉しい話をしようか

君に選択肢は無いってこと教えてあげる









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企画『深読み』様提出
20090508白椿



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