春雨との交渉は大切なビジネスの一つだと彼は言った。だから出切るだけ印象良くね、と笑顔で言われたので笑顔で頷く。そんな大切な仕事にあたしなんかが付いて行っていいのかと疑問に思ったのだが、彼曰く、交渉の席にも花は必要らしい。女がいるといないとじゃまた変わってくるんだって。


「なまえ、そろそろ時間だけど準備できた?」

「はい、もうすぐ」

「あんま緊張しなくていいからね。交渉は全部僕がやるから」

「うん」


優しい笑顔に心がポカポカする。彼の仕事に参加させてもらえるあたしはとっても幸せ者だろう。ドキドキするけど、嬉しい。仕事をしている彼はとってもカッコイイから。
そして、ついに春雨の団長様とその付添いの人が到着したとの知らせが入り、あたしたちは急いで向かったのだ。


「失礼します」

「失礼します」


部屋には若い青年と少し強面のおじさん二人。
軽く礼をして部屋に入る。彼の後に続いてトコトコと接客用のソファへと歩いていき、彼と同じ側のソファへ腰を下ろした。彼は一通りの挨拶を済ませると交渉用の資料の準備を始める。
落ち着いたところで、改めてお客人の顔を覗ってみた。すると桃色の髪を一つのおさげにまとめた青年の碧い瞳とがっちり合う。


「…」


ものすごくこちらを凝視していた。パチパチと瞬きして、少し気まずくなったので視線をそらす。顔に何かついてるのかなと心配になりながら、軽く手でほっぺに触れたとき、


「…なまえ?」


青年があたしの名を呼んだ。


「え…?」


もう一度見る。青年は碧いクリクリの目をパチパチさせてもう一度問う。


「なまえ?」

「…はい、なまえはあたしの名前ですけど…」

「やっぱり」


どこかで会ったことあったかしら。向こうは覚えているのに、こっちが覚えてないってすっごい気まずじゃない。あたしはジッと相手の顔を眺めた。


「なまえ知り合いなの?」


彼がニコリと質問してきて、


「…えっとー…」


言葉につまるあたし。すると青年はケタケタ笑った。


「まさか俺のこと忘れちゃったの?」

「…」


申し訳なくて俯くと、またケタケタ笑って、


「神威」


そう言った。


「俺、神威だよ」

「か、むい…!!」

「うん、思い出した?」


それはあたしが小さいときによく一緒に遊んだ男の子の名前で、ずっと昔の懐かしい響きで、あたしは何度も首を縦に振った。


「覚えてます覚えてます!!」

「あっはは、なに敬語なんて使ってんの?」

「だ、だってあまりにも長い間会っていなかったものだから」


そうだ。そういえばあの子、神威は綺麗な桃色の髪をしていたっけ。運動神経抜群で、破壊神で、よく一緒に暴れていたものだ。


「なまえの幼馴染ってこと?」


彼は準備し終えた資料を机でトントンとまとめながら嬉しそうに言った。


「うん、そう。しばらく会ってなかったんだけどね」

「そっか、じゃあ交渉がよりしやすいね」


いたずらっぽく笑う彼にあたしもつられて笑う。
そして交渉が始まったのだ。
久しぶりに出会った幼馴染はどうやら春雨の団長様のようで、てっきりおじさんの方を団長様だと思っていたあたしは少々驚く。でも、そんな驚きも、働く隣の彼の姿に釘付けになった心には微々たるもので、あたしは始終隣を見つめていただろう。


「じゃあ今日はこの辺で」


そして話に区切りが付いたところで、今日はお開きとなり、あたしと彼はソファを立つ。神威と阿伏兎さんにはそれなりに良い部屋が用意されていたはずだ。今日はそこへ泊まるのだろう。部屋を出ようとすると、


「あの、ちょっと」


神威の声に振り向く。


「なまえを少しお借りしたいんですけど、」


彼が一度あたしと目を合わせた。あたしが笑顔で頷くと彼も頷いて、


「どうぞごゆっくり」


そう言って彼だけが部屋を出て行く。あたしはそのまま戻ってソファに腰掛けた。


「阿伏兎、ちょっと席外して」

「へいへい」


阿伏兎さんがソファを立ち、部屋には神威とあたしの二人きり。久しぶりに会ったものだから何から切り出せばいいのか分からずに、少し気まずいなぁと思って、出て行った阿伏兎さんをぼうっと眺めた。


「久しぶりだね」


切り出したのは神威の方で、

「はい」


あたしは笑顔で答える。


「なまえ綺麗になったね」

「はは、神威こそカッコよくなったよ。最初誰だか分からなかったもの」

「正直ショックだったよ」

「ははは、ごめんなさい。でもずーっと会ってなかったんだもの。神威があたしに気づいたのが奇跡だと思うよ」


そうかなーと首を傾げる神威の仕草が昔の思い出に重なる。本当に懐かしいなぁ。微笑ましい。
神威はポリポリと頬を掻きながら言う。


「なんで今ここにいるの?夜兎なのにこんな日の当たる惑星に…」

「えっへへ、実はね、あたしもうすぐ結婚するんだ」

「…へぇー…相手はさっきの?」

「うん」

「いつ夜兎の惑星を出たの?」

「うんとねぇ、…五年くらい前かな」

「へぇ、なんで出たの?」

「うん、実はね、彼があの惑星に来たの。」

「ふーん」

「なんか仕事の一環だったらしいんだけど、そこで見初められちゃった感じでね」

「なに?じゃあ初めて出合った人に、ほいほい付いてきちゃったわけ?」

「まぁね、最初はそりゃ付き合うつもりも結婚するつもりも無かったんだけど、あの惑星は好きじゃなかったし、連れ出してくれるならと思ってね」

「ふーん」

「あたしだって、そんなに軽い女じゃないもの。初めて会った男に身体売るような馬鹿なことはしないよ。」

「…だけど結婚するんだ?」

「うん。大好きなんだ彼のこと。素敵な人よ?ちゃんと五年かけて決めたんだから、間違いないわ」


本当に愛してくれていると思うのだ。あたしに一目惚れしたという彼。夜兎の惑星が大嫌いで、いつか出たいと思っていたあたしは、これ幸いと彼の心につけ込んで惑星から抜け出した。隙を見て、彼の所からも抜け出すつもりだったのだが、そのまま彼に惹かれていって今に至る。


「なまえがあの惑星を出たなんて今まで知らなかったからビックリしたよ」

「ははっ、だって神威はもっと先にあの惑星出てっちゃったじゃない」

「そうだったね」

「あの時あたしすっごいビックリしたんだから、お互い様だわ」

「はは」


笑いながら溜め息を吐く音が聞こえた。ふと見れば、少し瞳を開いて微笑む神威がいて、その姿が少し切なく見えた。だからあたしは、


「神威、惑星出てからどんな生活してたの?」


今まで会わなかった空白の時間を埋めようと試みる。いったい今貴方が何を思っているのか検討もつかなかったから。


「うーん、修行して、戦場行っての繰り返しかな」

「そう、求めていた生活が出来てる?」

「うーん、まぁ強い奴があんまいないからなぁ…理想とは少し違うかもしれないけどそれなりだね」

「そっか、それならいいんだけど」

「なんで?」

「ん?だって同じ夜兎だし幼馴染なんだもん。神威には幸せでいてほしいよ、あたしが今幸せだからさ」

「…そっか」

「強い人に出会えるといいね」

「うん、そうだね」


でもやっぱり、会わなかった時間が長すぎたのかな。あたしは神威が何を思って笑っているのか全く分からなかった。でも、神威自身がそれなりだと言うのなら、本当にそれなりに夢に向かって進んでいるということだよね。そう言い聞かせる。

だけど、そんな貴方の笑顔がふいに消えて、


「あのさ、」


真剣な顔であたしを見るものだから、あたしは、貴方が何か大切なことを言おうとしているのだと思って、何か大切なことをあたしに伝えようとしているのだと思って、耳、目、鼻、すべての感覚器官を貴方に集中させた。碧い瞳が真っ直ぐあたしを貫いて、どこまでも深く、どこまでも色濃く光を放つ。
綺麗だなと思って、目をそむけずに見つめ返した。


「…」

「…」


だけど口がそれ以上言葉を紡ぐことはなくて、


「…やっぱいいや」


最後にヘラっと笑って言った。
あたしは鈍感だから、その時の貴方の笑顔と碧い綺麗な瞳が、何を伝えようとしていたのか分かることができるはずもなく、










ロマンチック失恋記念日

もし、あの時、俺が先に誘っていたなら、君は今、俺のとなりで微笑んでいてくれたのかなぁなんて…










20090325白椿



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