はい
いいえ
大まかに分けると、彼女の口からはこの二つの言葉しか聞いたことがなかった。
「じゃあ俺行くよ?」
それは情事後もそうで、白い肌を露わにした彼女は、ベッドの上で少し気怠げにしながらも、ハッキリした口調で、
「はい」
ただそれだけ言った。
他の女なら、行かないでとか、言わないにしても目で訴えてくる。でも彼女にはそういった仕草はまるで見受けられない。行くなら行けとさえ言われている感じだ。
「あんたは変わってるね」
「…」
返事がないときだってしばしば。必要最低限の行動しかしない。
だから、俺が体を求めれば、黙って受け入れるし、突き放せば簡単に離れていく。
「ねぇ、本当に行くよ」
「はい」
決して紳士的でない情事後の俺。始末だってしっかりとしてないのに、行くと言えば当たり前のように「はい」と言う。
面倒くさい女は嫌いだ。だけど、こういうのもね…。
「ねぇ、あんたにとって俺ってどういう位置付けなの?」
「…」
試しに訊いてみたけど返事は無かった。彼女にとって、これは無駄な問い掛けらしい。
「答えないと殺しちゃうぞ」
「はい」
殺したければ殺せばいいという意味のはい。俺は溜め息を吐いた。
「あんた心あんの?」
「はい」
「こんな人形みたいにいいように使われて、何か感じないの?」
「…」
面倒くさい女は嫌いだ。でもここまで素っ気ないのも気に入らない。泣かせたい、グチャグチャにしてやりたい、そういう感情が日増しに強くなる。だけど、彼女はいつも貼り付けたような無表情で。
「あんたの心はどこにあるのかなぁ」
「…」
俺のところに彼女の心が無いのは確かで。
近付いて顔を寄せても表情は全く変わらない。瞳は俺を映しているかさえ分からない。
「もっと俺を求めろよ」
低めの声で命令する。だけど、いつもの「はい」が言われることはなく、イラっとした俺は言葉を紡がない唇を奪おうと接近する。その刹那、
「あいにく、あなたに捧げる心は持ち合わせてません」
澄んだ声が部屋に響き渡った。
人形の心
じゃあ、あんたは誰に心を捧げたの?
20090311白椿
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