真っ白な砂の砂漠。
この惑星はただ砂漠に覆われた何もない所だった。
昼は白い砂が太陽の光を反射してキラキラと鬱陶しかったけれど、夜を迎えた今、辺りは青白い月の光に包まれて音一つない静かな落ち着いた空間になっている。
「何してるの?」
俺は砂の上に座って空を仰ぐ彼女に声をかけた。
彼女は振り返る。
「あ、神威団長、ちょっと月見を」
「ふーん」
「船の整備は終わったんですか?」
「あと少しだって、明日には出るよ」
「そうですか」
彼女は再び空を見上げた。俺も同じように見上げる。そこには大きな大きな丸い月。
「月見って楽しい?」
「楽しいかは分かりませんけど、好きですね」
「どうして?」
「うーん…きっと、謙虚に頑張っている姿が好きなんです」
「は?」
彼女は時々、意味の分からないことを言う。
今までにもいろんなこと聞いてきたけど、未だに分からないこともあって。だけど不思議と、俺は彼女の話を聞くのが好きだったりする。
「それってどういうこと?」
いつものように訊いてあげれば、彼女はゆっくりこっちを見た。
大きな瞳が月の光を反射して綺麗に光る。
「月は夜にしか輝かないんですよ」
「知ってるよ」
ほら、彼女ワールドが始まる。
「太陽は、いろんな人たちが活動する時間に輝いて、いろんな人たちの生活を眺めて楽しんでます」
俺は小さく笑う。
太陽が何を楽しみに輝いてるかなんて、正直興味ないし分からないだろうに。
だけど彼女は楽しそうに語るんだ。
「太陽はみんなの憧れで、みんなのヒーローでしょ?」
「そう?」
「あ、団長たちは違いました…すみません」
夜兎は太陽が苦手。
そのことを思い出したのか、彼女は心配そうにこっちを見た。
「いいよ、続けて」
そう言えば、彼女は嬉しそうに微笑んで話す。
「だけど月は昼間は輝くことが出来ません」
「うん」
「夜、みんなが寝静まった後にひっそりと輝きます」
「そうだね」
「見てくれる人なんて、少ないのに」
「…」
「月は、たとえ誰も見てくれなくても、こうやって優しく輝いてるんです」
素敵ですねと、彼女は微笑んだ。
いや、全く分からない。
「太陽だって、誰かが見てなくても輝いてるよ」
俺は言った。
そしたら彼女は頷く。
「確かにそうですけど、」
「けど?」
「太陽は少し図々しいんです」
彼女は人差し指を一本立てて言った。
「どういうこと?」
「…だって、あんなに眩しく輝くのは、きっと誰かに振り向いてほしいからですよ」
「ははっ君は太陽の気持ちが分かるのかい?」
「さあ、…でも自分だけを見てほしいから、あんなに輝いているんだと思いませんか?……周りがどんな気持ちかも考えずに、自分勝手に…」
「そう?」
彼女は頷いた。
そんなふうに考えたことはない。考えたことある人の方が少ないと思う。
「月は…」
彼女は続ける。
「月は、決して主張しません」
「…」
「決して誰かを振り向かそうなんてしません。見てくれる人に輝きかけるんです」
そんなふうに考えたこともない。
不思議だね。見た目は俺と大差ないのに、考えていることはまるで違う。たとえ、同じ景色を見ていたとしても。
「お月様は、ちゃんと周りのことを考えている。だから小さな星たちも輝けるんですよ」
彼女はそう言うと、こっちを見た。それから微笑む。
「だけど月も、寂しいんでしょうね…」
「ん?」
「だから、夜兎の人たちを、独り占めしたかったんですね」
「は?」
俺はポカンと口を開けた。彼女はクスクス笑う。
「夜兎が太陽が苦手なのは、きっとそういうことですよ」
「月のせいってこと?」
「くすっ、そうですねー、お月様の最初で最後のわがままですよきっと…」
へーー、面白い考え方をするヤツもいたもんだ。
俺は自然と口はしがゆがむ。
人は夜兎を太陽に嫌われた種族と呼ぶのに、彼女は月に好かれた種族と言った。
不思議だ、彼女の戯言はいつも俺を楽しくする。
「じゃあ、俺たちは月を憎めばいいの?」
俺が訊いたら彼女は笑う。
「さあ、それは団長しだいじゃないですか?」
「そうだね」
「だけど、月に好かれてるなんて素敵ですよ」
「太陽に嫌われてても?」
「…そうですね、すみません…ちょっと不謹慎でした…」
彼女は月を仰ぐ。
「でも、きっと夜兎は、月のためにあって、月に愛されたただ一つの種族です」
「ただ太陽が嫌っただけかもよ?」
「そんなことないですよー」
ふふっと笑う。
夜兎は月のために…か。
本当に不思議な子だよ。そんなこと言うのは、後にも先にも君だけだろう。
彼女は満足そうに微笑むと、
「ね?だからお月様が寂しくないように、あたしが見ててあげるんですよ」
と、いたずらっぽく笑った。
俺も笑う。
「ねぇ」
「なんですか?」
「俺さ、いいよ」
「何がですか?」
「月に独り占めされても」
ニコリとしてやれば、
「さすが団長です」
と拍手する彼女。
「その代わりにさ」
俺は言う。
「俺にも独り占めさせて?」
「…団長も独り占めしたいものがあるんですか?」
「うん」
「なんですか?」
俺は笑う。
それはね、
君だよ
夜兎が月のためにいるというのなら、きっと、君は太陽に嫌われたと嘆く夜兎のためにいるのだと思う。
そして、月が夜兎から太陽を奪ったというのなら、俺も月から君を奪おう。
君の視線を奪ってしまおう。
月夜の兎
君がいる限り、俺たち兎が寂しくて死んじゃうことはないだろうね
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企画『night bunny』様提出
20090305白椿
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