「なまえ、ちょっと出かけてくるね」
「どこ行くんですか?」
「ん?ちょっと遊びにね」
「そうですか、行ってらっしゃい」
「うん」
そう言って、神威団長が船を出て五日がたった。よくもそんなに遊んでいられるものだと思う。団長の遊びって何だろうと考えると、血なまぐさいグロテスクなことしか思い浮かばないから、考えるのは止めた。
団長がいないと必然的にあたしたちの仕事が増えていくから、おかげで阿伏兎さんはご機嫌斜めで、あたしと阿伏兎さんの間の空気まで気まずい。
ちくしょー団長め、早く帰ってきやがれ!!!!
あたしは心の中で叫んだ。
「なまえ、探しにいくぞ、付いて来い」
阿伏兎さんがそう言ったのは、神威団長がいなくなって七日目の夕方だった。あたしは素直に頷いて阿伏兎さんについて行く。
全く団長には呆れてしまう。一週間も、よくグロテスクなことが出来ますよねって言ったら、
「グロテスク?…違う、女だ」
阿伏兎さんはさらりと言った。
「女?」
あたしはすごいですねと関心した。
「は?何がだ?」
「この惑星の女の人はそんなに強いんですか」
「はぁ?」
「だって、神威団長が七日間も帰ってこないって、よっぽど強い相手と戦ってるんですよね?」
「…」
阿伏さんがとても微妙な視線を向けてきた。
なんだこの視線…。団長の遊びっていったら戦いでしょ?それ以外ないでしょ。
「お前なあ、男と女って聞いたらもっと他に思うところあんだろ?」
「男と女?」
「そうそう」
「恋人?」
「んー…まあ、そうだな……じゃあ、恋人がすることといったら?」
「…イチャイチャ?」
「まあ、…そんなとこだ」
阿伏兎さんは困ったように頭を掻いて、男なんてそんなもんだからショック受けんなよ、と言った。
別に神威団長に恋人がいてもショックは受けないけど、あたしたちがこの惑星に着いて十日もたってないというのに恋人をつくるなんて、さすが団長だと思った。
でも、それだとあたしが行ったら迷惑じゃないだろうか?他の女が迎えに行ったら彼女さんが誤解してしまうかもしれない。神威団長が浮気しているみたいになってしまう。
「あの、阿伏兎さん………あれ?」
気づくと隣にいた阿伏兎さんがいなかった。はぐれたらしい。全くこんな知らないところで女の子を一人にするなんて、って思ったけど、夜兎には関係ないことかもしれないと思った。
けっこうな人ごみだから、そう簡単に見つけられそうもない。
仕方ないので一人で行動開始だ。彼女さんにはきちんと説明すれば分かってくれるだろう。だいたい、あたしと神威団長は全く釣り合ってないから、恋人なんて甘い関係に間違われることなんてないかもしれない。そう思って、なんか自分って可哀相だと思った。
あたしは左右をきょろきょろしながら、ネオンだらけの街中を進む。
色っぽい女の人が手招きしている店がたくさんあろけど、何のお店か分からない。
初めて見る光景に少し戸惑いながらも、神威団長を探した。
ガシッ!
「ひゃっ!!」
いきなりすれ違った男の人に腕を掴まれた。
「え?な、なんですか?」
「お嬢さん可愛いね」
けっこう体格が良くて、筋肉モリモリで髪の少ないおじさん。聞き間違いかな?あたし可愛いって言われた?
「あ、ありがとうございます」
「思ったことを言っただけだよ」
おいおいそんなこと言われたの初めてかもしれないよ。ヤバい、顔がニヤける。
「で、いくら?」
「へ?」
「だからお嬢さんいくら?」
「さ、さあ、…自分の値段なんて考えたことないです」
「?」
おじさんはきょとんとした。いや、普通人に値段聞かないだろ。ってか、皆自分の値段考えてるの?初耳だよなんだよそれ。
「じゃあ、これでどう?」
おじさんは数枚の万札をヒラヒラさせて言った。
「え…ええ!!?あたしの値段!?」
「そう、不満?」
「い、いえ!!むしろあたしはそんなに価値ないですよ!!」
「は?」
「せいぜい300円がいいとこだと思います」
「300円!!?」
思わぬ高値だよビックリだ。なんか知らないけど良い人だなこのおじさん。
そういえば、春雨に入団してから罵りの言葉しか聞いてない気がするよ。弱いとかクズだとか…。なんか久しぶりだよ褒められたの…!
うれし涙が出かかった時、
「あり?なまえ?」
聞き覚えのある声に振り向くと、神威団長がいた。
「あ!神威団長発見!!」
「何してるの?」
「神威団長を探しに来たんです」
「ふーん、一人で?」
「阿伏兎さんとはぐれました」
「そう」
そして神威団長はおじさんを見て、
「あの人は?」
と笑顔で聞くので、笑顔で(決してニヤけではない)で答えた。
「あたしに高値をつけてくれた良いおじさんです」
次の瞬間、神威団長のパンチがおじさんに炸裂していた。
「きゃああああああ!!団長!!何してくれちゃってんですかああ!!!?」
「ダメだよなまえ、知らないおじさんと話しちゃいけないって教わらなかったの?」
「はあ?」
団長こそ知らないおじさんをいきなり殴っちゃいけないって教わらなかったんですか?なんて言えなくて、ニコニコ笑顔の団長を無言で見つめる。おじさんの何が気に入らなかったんだろう?
その時、
「あ、いたいた」
そう言って阿伏兎さんが早足でやってきた。
「なまえはぐれるな、危ないだろうが…って、団長がいたなら安心だったな」
「阿伏兎ダメだよ、こんな所でなまえを一人にちゃ」
「なまえが勝手にはぐれたんだよ、ところで七日間も何してたんだ?」
神威団長はすこぶる笑顔で言う。
「女」
「やっぱりな」
あたしは阿伏兎さんは団長のことは何でも分かるんだと感心した。それにしても女って…
「神威団長」
「何?」
「いくら相手が強いからって、やっぱり女の人を殺すのはあんま良くないですよ、いや男の人ならいいってわけでもないですけど」
「何の話?」
七日間も団長を引き止めるくらいの強い人。一度会ってみたいものだ。
神威団長は首を傾げてニコニコしている。アホ毛がピコピコと揺れていた。
「なまえ、勘違いしてるでしょ?」
「?」
「俺はこの七日間、戦ってたわけじゃないよ」
「え?そうなんですか?」
「うん、それに俺は女を殺すのは趣味じゃない」
「じゃあ…」
「女遊び」
「女遊び?」
「そう、あっはんうっふんしてたわけ」
「あっはんうっふん?」
あたしは首を傾げる。神威団長もあり?と首を傾げた。
阿伏兎さんが溜息まじりに言う。
「団長、こいつはどーもその手のことに関して知識がないらしい」
「ふーん」
なんだなんだ?あたしだけ除け者みたいなこの感じ、やな感じ。
神威団長の笑顔が濃くなっていく。
「さあ、ここでなまえに問題」
「え?」
「赤ちゃんはどーやって出来るでしょうか?」
おちょくってんのか。いくらあたしが無知だからってそれくらいは分かるぞ!
「それくらい知ってますよ」
「うん、で答えは?」
「コウノトリですよ」
「ん?」
神威団長と阿伏兎さんが顔を見合わせた。阿伏兎さんが、な?と溜息を吐く。
「なまえ、コウノトリって何?」
「え?神威団長知らないんですか?」
「うん」
「赤ちゃんを運んでくる鳥ですよ」
「赤ちゃんを?」
「そうです。子供が欲しいと願っている夫婦に赤ちゃんを運んできてくれるんです。」
「それはすごい鳥だね」
「はい、団長本当に知らないんですか?常識ですよ?」
団長もしかして意外と無知?と言ったら、ケタケタ笑ってそうだねと言われた。
「じゃあ、なまえはコウノトリに運ばれてきたんだ」
「いいえ、あたしはキャベツ畑です」
「キャベツ畑?」
「はい。キャベツの中から生まれました。団長はもしかして、キャベツ畑も知らないんですか?」
「ぷっ」
「なんで笑ったんですか今」
「いや、何でもないよ続けて」
「あたしの母は家庭菜園好きで、である日育てていたキャベツの中から赤ちゃんの声がしたらしくて、それがあたしです」
「じゃあ、赤ちゃんが欲しくなったらキャベツを育てればいいね?」
「結婚してなきゃダメですよ。結婚せずにキャベツを育てても、ただのキャベツにしかなりません」
「ぷっ」
「だから何で笑うんですか?」
阿伏兎さんが深い深い溜息を吐くのが分かった。なんだっていうんだ二人して。
「じゃあ、赤ちゃんはコウノトリかキャベツで手に入るんだね?」
神威団長が笑顔で言うから、あたしも一応笑顔で言う。
「いいえ、もう一つ方法があります」
「どんな?」
「川に行くんです」
「川?」
「川上から赤ちゃんがドンブラコ〜って流れてきますよ。結婚していればですけどね」
「ぷっ」
だから何故笑う?むしろ笑ってやりたいのはこっちだよ。こんな常識みんな知ってますよ。
「なまえは面白いね」
「神威団長はおかしいです」
「そんなことないよ」
神威団長はニコニコしていて、阿伏兎さんは疲れた顔をしている。
阿伏兎さんならこんな常識知ってますよね?まさか知らないとかないですよね?
「阿伏兎さんは知ってましたよね?」
「ああ?」
「赤ちゃんがどこからやってくるか」
「…はあ」
何その面倒くさそうな顔。ちょっと傷つくでしょーが。
阿伏兎さんはジトっとこちらに視線を向けると、また一つ溜息をして口を開いた。
「なまえ、赤ん坊っていうのはな…」
バシッ!!!
「いたっ!!」
神威団長に思いっきり耳を攻撃された、ではなくて塞がれた。
頭が潰れるかと思った。
「阿伏兎、なまえにはまだ早いよ」
「んなこたねーだろ…むしろ知っておくべきだろ」
「教えたら殺しちゃうぞ」
「…はぁ…分かりましたよ」
神威団長が耳を開放した。
「神威団長いきなり何ですか?ものっそ痛かったんですけど」
「なまえは気にしなくていいよ」
「?で阿伏兎さん、何でしたっけ?」
「…何でもねーよ」
「?」
キャベツ畑
で生まれた少女
おかげさまでスクスク純粋に育ちました。
20090209白椿
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