ただ、避けられてるような、怯えられているような、他人だと割り切られているような感じがして、気に入らなかったんだ
歌声を探して
第七話
雑巾掛けなんて久し振りだ。出来るだけ固く絞った雑巾で縁側の隅を少し擦ってみる。すると積もっていた埃がとれて、下の綺麗な木の色が顔を出した。ちょっとした快感。そのまま雑巾に両手を添えて前へ前へと進めば、後方に綺麗になった床が一本の道のように光って伸びていく。もともとそんなに体力がある方ではないので、ゆっくりゆっくり進んでいく。
庭を挟んだ反対側の縁側をマッハで雑巾掛けしていく神楽が見えて、素直に感心した。
土方にお茶をぶっかけてしまったあの日。真選組の皆が持ち込んだ依頼はこの屯所の大掃除だった。自分がしでかした失態のこともあって、あたしはこの依頼を受けようと強く訴えたのだ。銀時達はしぶしぶといった感じではあったがそれを了承して、翌日の今に至る。
もの凄いスピードで雑巾掛けしていく神楽を尻目に、自分は自分のペースをと、雑巾を見つめて確実に一歩。一歩一歩を進めることに集中していると、ずっと頭の中に立ち込めていた不安だとか悩みだとかその他諸々が隅に追いやられて行く。いつしか雑巾を進めることだけに夢中になっていたからだろう、周りへの注意が散漫になり、
─ボスッ──
頭に柔らかい何かが当たった。
………!!
顔を上げると、蜂蜜色のサラサラした髪を持った整った顔、世に言うイケメンさんと鉢合わせ。しゃがみ込んでこちらを見下ろす彼はじっと目を見つめてきた。驚いて半歩後ろに下がってから、なんて失礼な態度だろうと後悔し、とりあえず頭を下げる。そのまま彼を避けて雑巾を進めようとしたのだが、
「ちょっと待ちなせェ」
そう言って、彼はあたしの袖を掴んだ。ビクっとして振り返ると彼はトントンと自分の隣を叩いて
「ここ、座りなァ」
と言って縁側の外に足を出して腰掛ける。あたしは固まった。突然の誘いに面食らった。いったいこの人は何をしようというのだろうか?慣れない人と接するのはあまり得意じゃない。
………、
沈黙。
「…どうしたんでィ」
しかしこの前の失態を思い出して、ここは言うことを聞いた方がいいかなと思った。依頼とはいえ、あの失態の償いも含まれているのだから、依頼人の言うことは聞かなければ。あたしは雑巾を持ったままゆっくり彼の右隣へと行き、人一人分ほど間を空けて座った。
また沈黙。
なんだろうこの静けさは…何となしに雑巾を弄ぶ。まだ少ししか拭いていないのに雑巾の片面は真っ黒になっていた。意外なほどに汚れていた雑巾を折り畳んで、綺麗な面を出す。一瞬で手持ちぶさたになった。恐る恐る隣に目をやると、いつの間にか彼は庭へと降り立っていて、庭の植木の方へと歩んで行く。何をするのだろうと見ていれば、無造作に木の枝に手を伸ばして
──ボキッ!
………!!
あろうことか綺麗に手入れされているのであろうその枝を折った。目を見開くあたしへと歩み寄ってその枝を差し出す。反射的にその枝を受け取ると、
「自己紹介タ〜イム」
抑揚の無い声で言って、一人で拍手をしだした。
「まぁ何て言うか、とりあえず親睦を深めましょうということで、…名前は?」
あたしはまた固まってしまった。
自己紹介??
そんなことして何がしたいんだろう…あたしと親睦深めたって何の得にもならないのに…第一にあたしは喋れないのに…
一瞬の間が空いて、彼は地面を指刺した。
「ほら書きなせェ」
そう言ってあたしの持っている枝をチョンチョンとつつく。ああ、その為の枝だったのかと納得するも、彼の意図は読めないままに地面に枝の先を押し付ける。
名前名前…
"兎崎夢玻"
カリカリと少し歪な文字が描き出された。書き終わって見上げると、
「夢玻ねィ、俺は沖田総悟でさァ」
爽やかな笑顔で名乗った総悟を見つめる。一応万事屋で名乗り合ったはずだが…。本当に何がしたいんだろう?疑問を消化する間も無く、総悟が隣に小さな隙間も無いほど密着して座ってきたものだから、ビックリして反対側に少しずれる。すると総悟は不満げに眉をしかめて、
「嫌われてるねィ…俺何かしやしたかィ?」
なんて言うから、申し訳なくなって恥ずかしくなって、それで遠慮がちに空いた隙間をまた埋めてみた。膝に乗っかっている雑巾に視線を固定したまま。だから苦手なんだ、コミュニケーションというのは…。総悟は大して気にした様子も無く、先程と同じ調子で話し掛けてくる。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
あたしは隣で感じる温かさに戸惑いつつ、少し考えてみたけれどこれと言って思い浮かばなかった。そういえば、自分が好きな物が何なのか考えたことが無い気がする。そんな事を質問してくる人もいなかったから…
最近美味しかったのは何だったかな…
暫く逡巡して、
"みんなと食べるごはん"
出てきた結論は何の面白みもないものだった。でも最近感じた美味しいは、確かにに銀さんや神楽、新八たちと食べるお茶漬けだったから。総悟はふ〜んと、微妙な返事をした。あたしは少し残念な気分になる。自分がもっと面白い人間だったら良かったなぁと。
「じゃあ、好きな動物は?」
"ネコ"
質問は続く。
「好きな色は?」
"白"
「好きな芸能人は?」
"いない"
「趣味は?」
その質問に手が止まった。あたしの趣味は何だろう?何だったかな…思い出したくない、考えたくない何か。
溢れ出しそうで、せき止めたいのに叫びたい変な感情。あたしは大きく息を吸って溢れ出しそうな何かを抑える。そして書いた。
"読書"
半分嘘をついた…
あたしは自分の答えを見て、面白みの無い人間だなぁと思った。総悟もきっと退屈しているだろう…。それでも次の質問が降ってくる。
「じゃあ、嫌いな食べ物は?」
…嫌いな食べ物…
"ピーマン 納豆 アボガド なめこ レバー 青汁………"
枝がスラスラと動く。嫌いな物は沢山浮かんできた。思いつくものをつらつらと書いていく。枝は止まることを忘れたかのように動いた。だんだんと書くことに意識を持っていかれる。書いても書いても嫌いなものは頭をよぎった。
ふと、隣から笑い声が聞こえた。見ると総悟が楽しそうに口許を歪めている。
……?
あたしが書くのをやめると、総悟は爽やかな笑みのままで、
「嫌いなもんは沢山あるんだねィ」
そう言って地面を眺めた。
確かに。
嫌いな物は食べ物以外にも沢山ある。吐き気のするもの、目障りなもの、理解できないもの、思い出したくないもの…そういったもの全部ひっくるめて嫌いなモノ。そうか、あたしは嫌いなモノでいっぱいなんだ。なんだか妙に納得できた。気付かなかったのが不思議なくらいに。
「んじゃあ次は…」
次の質問を考える総悟を見て思った。あたしばっかり答えてる。あたしも何か聞いてみようかなと思い、枝を地面にあてがった時、
「おーきた君、なーにやってんの?」
見ると銀時が箒を持って立っていた。隣で総悟が溜め息をついたのが分かって、見れば、つまらなそうな顔でシレッと言う。
「旦那ァ、ただの自己紹介でさァ」
「ふーん、…勝手にウチの従業員に手ェ出してもらっちゃ困るんだけど?」
「まだ手なんか出しちゃいませんぜィ?」
「まだ?これから出すつもりだったんですかコノヤロー」
「旦那ァ、男女の問題に口出しは野暮ですぜィ」
弾丸のように繰り広げられる会話。二人の会話はコントのように隙間が無かった。
あたしは思わず溜め息を吐いて、中途半端に行き場を失った枝をそっと地面に落とした。カラッと音をたてて少し転がって静止する。横で聞こえる銀時と総悟の会話はさらに勢いを増しつつあった。
…コミュニケーションは得意じゃないのよ
そっと立ち上がって、再び雑巾を床に押し当てて、そのまま前へ進み出す。雑巾掛けを再開したことを総悟たちは気付かない。少し寂しい気がしたが、気付かれないなんて日常茶飯事だったことだ。口をきゅっと引き締めて一歩一歩を進んで行く。
さっき笑ってくれた総悟の顔を思い出したら、ちょっと心が温かくなった気がした。
雑巾掛けをする夢玻が去っていくのを見て、総悟が小さくぼやいた。
「あーあ、旦那のせいで逃げられちまった…」
╋メランコリーは常備品╋
少しでも笑ってくれた貴方に嬉しさを感じて
20081216
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