彼女はどこか雰囲気が違うと思った。具体的には分らないけど、たぶん根本的な部分で違うところがあるんだと思う。
歌声をさがして
第六話
朝、洗濯を済ませて、掃除を新八とやっているときに彼らはやってきた。
「あれ?見ない顔がいるねィ」
黒い同じ制服を来た男が三人。
「皆さんどうしたんですか?珍しいですね」
どうやら知り合いらしい新八の口振りに、あたしはそそくさとその場を去る。台所へお茶やお菓子の準備をするために、と理由付けて、出来るだけ他人との接触を避けたいばかりに。
「なんか用ですか?」
と居間からの声を聞きながらお茶の準備をする。
「ああ、今日は依頼に来た」
「あ、そうなんですか、ちょっと待ってて下さい、銀さーん!」
依頼か…
万事屋への依頼は大事な収入源だ。だからお客様への対応には気を遣うのだが、あたしはそれが苦手。だから、こういった雑用を進んでやろうと心に決めている。
「お前ら何しに来たアルカ?」
「依頼以外に何しに来るってんでさァ」
「お前らの依頼なんて真っ平ゴメンこうむるネ」
神楽はあの人たちを嫌っているのだろうか、声がいかにも嫌そうだ。あたしはお茶を三人分淹れて、適当にお菓子を盛ったお皿と一緒にお盆に乗せた。
「税金泥棒が何の用ですかコノヤロー」
銀時の声がして少し唖然とする。いつもやる気ない感じで適当だけど、お客さんの対応はそれなりにやっていたから、そんな態度をお客さんにとるなんてらしくない。
…そんなに嫌いな人たちなんだろうか?
あたしはお盆を持って客室へ向かった。神楽の叫び声が聞こえる。
「出てけヨ!!」
「お前が出てけ!!」
「あたしの家はここアル!!出ていくのはそっちアル!!」
「ちょ、神楽ちゃん家の中で暴れないでよ!」
お客さんな向かってなんてことを…と考えている場合ではなかった。行ったタイミングが悪かったのだ。神楽の跳び蹴りが、茶髪の人目掛けて繰り出される寸前だったから…
「夢玻さん!今来ちゃダメ!!」
新八の声が聞こえて、
「とぉっ!!」
神楽の掛け声が響いた。
「おいコラ待っ!!」
ドンッ!!
鈍いあたしは危うく巻き添えになるところで、
ガシャン!!
湯飲みの割れる音と反転する世界に目をつむる。その後、ボフッと軽い衝撃があった。
「っつ…大丈夫ですかィ?」
そう聞かれて顔を上げたら、クリクリの茶色い大きな瞳が目に入る。さっきの茶髪の人だ。いつのまにか抱き抱えられているみたいで、顔が近すぎる。びっくりして身を引いた。
「どっか痛いとこないですかねィ?」
あたしはコクコクと何度か頷いた。
「おいチャイナてめー、気をつけやがれ!!」
「夢玻ゴメンヨ…」
神楽が心配そうに駆け寄ってきたから、笑顔で大丈夫だと伝えると、
「早く夢玻から手ぇ離せヨ」
と言って神楽はあたしの腕を引っ張った。立ち上がって助けてくれた彼に頭を下げる。
「沖田くんナ〜イス、ついでに夢玻ちゃんグッジョブ!」
銀時が親指を立てる。
「確かに、あんた、なかなかやるねィ」
そう言われて、何が?と首を傾げる。
「だ、大丈夫ですか土方さん!!」
「ト、トシィ大丈夫か?」
その声に振り向くと、ビショビショに濡れた黒髪の人と目が合った。
ひっ…!!
周りに湯飲みとお菓子が散乱している。運んでいたはずのお盆は、いつのまにかあたしの手になくて、おそらくさっきの事故の時に手放してしまったらしい。そしてそれは、彼に命中していた。
「あのハプニングの最中でも的は外さない、あんた一体どんな修行してんでィ?」
あたしは洗面所へ走った。
なんてことをしてしまったんだ!!
なにがグッジョブですか銀さん!!!
タオルを適当に引っ掴んで持っていく。
「良かったですね土方さん、お茶も滴るいい男でさァププッ」
「いやホント男前になったよ多串君ププッ」
なんだこの二人は!!
あたしは、二人に多少の怒りを感じながら濡れてしまった彼にタオルを差し出した。
ギロッ
…!
睨まれた瞳は瞳孔が開いてる…。
相当ご立腹だ!
あたしは逃げ出したくなるのを堪えて、タオルを彼の制服や頭に押し付けた。
「大丈夫だ自分でやれる」
と彼は小さく「悪いな」とお礼を付け加えたて言った。だいぶイメージと違う言葉に戸惑いながらも、頭を下げる。悪いのは完全にこっちなのだから。あたしはもう二三枚タオルを渡してから、散らかった湯飲みやお菓子の片付けを始めた。
「あ、夢玻さん僕も手伝います」
新八が手を貸してくれた。
「あんた見ない顔だが、新入りさんか?」
大柄な男の人が、落ちている湯飲みを拾いながら言う。すかさず新八が、
「近藤さん、そうです。一週間くらい前からウチの従業員になった兎崎夢玻さんです。」
とフォローに入ってくれた。
「夢玻ちゃんか、よろしくな。俺は真選組局長、近藤勲だ。」
…しんせんぐみ?
あの新撰組?
差し出された手を取って握手する。大きくて温かい手だった。
「あのぉ…近藤さん、夢玻さんはわけあって、その、喋ることが出来ないので…」
多くの視線がこちらに集中するのが分かった。今までうるさいくらいに騒がしかった部屋が静まっていた。
「そうだったのか…」
こういう空気は嫌いだけど慣れている。気まずいこと聞いちゃったよ…みたいな感じのね。あたしは気にせず湯飲みをすべて拾い上げ、お盆に乗せた。だけどそんな時に限って、聞こえてくるんだ。
─無力だね─
頭の中で響く。
高い機械のような音と、低いノイズがかった音が混じり合ったような不快な声。あたしは目をつむる。
─また他人を困らせてるよ─
大きく深呼吸を一つ。
ダメダメ…この声に耳をかたむけてはダメ…
「土方十四郎だ」
低くて落ち着きのある声が、頭の中の声をかき消した。まるで銀時に出会った時みたいに…。あたしが目を開けると、土方の鋭い、でも遠くに優しさを感じる漆黒の瞳に見つめられている。
「夢玻っつったか…よろしくな」
一通りふき終わったらしい土方は、(まだ若干湿っているけれど)近藤と同じように手を差し出す。あたしはそれを自然と握ることが出来た。近藤が隣で微笑んでいる。
…なんだ、…とっても優しい人たちじゃないか…
「ちょっとー多串君?いきなり呼び捨てとか馴々しいんですけどぉ」
銀時が心底不快そうに言う。そしたらわざわざ、彼はあたしを見て、
「呼び捨ていやか?」
って聞いてくれた。
あたしは首を横に振る。
「だってよ万事屋、だいたい父親でもないてめぇに、呼び方うんぬん言われる筋合いねぇぐはぁ!!」
さり気ない動作で、土方の腹にエルボーをくらわせた茶髪の彼は、
「沖田総悟でさァ」
同じように手を差し出す。
「…っつ、総悟ってめぇ…」
あたしは総悟の手を握ってから、座り込んで悶絶する土方の背中をさすった。まったく…どうして土方の扱いはここまで悲惨なのだろうか?
「そんなヤツほっとけばいいですぜィ夢玻」
「沖田くーん、さり気に君も呼び捨てやめてくんない?」
…いや、あたしは別に呼び捨てでもいいのだが…
執拗に呼び方について文句を言う銀時は、確かに娘を持つ父親といっても、大きく違わない気がする。
…あたしは娘?
いやいや違うよ、あたしはただの従業員だ。
そうは思っても、本当の父親の顔を知らないあたしにとって、それは新鮮で温かい感覚だった。
╋ヴィヴィッドな彼ら╋
どんどん引きずり込まれる…
20081221
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