真っ青な空に薄い雲が一つ。
いい天気だ。
風がそよいで花が揺れる。世界は平和で幸せで、あたしの心は置いてきぼり…



歌声をさがして
第一話



ザァーーーー…ァ


冷たい雨の感触で我にかえった。見上げると、さっきまで鬱陶しいくらいに青かった空が重たい灰色になっている。大きな雨粒が痛いくらいに叩き付けてくるのをそのままに、あたしは真上の空を見つめて歩みを止めた。


今日の天気予報、雨なんて言ってたっけ?


周りは色とりどりの傘をさした人たちでいっぱいだ。傘がないのはあたしだけ。みんな用意周到なことだと溜め息が出た。顔に溜まった水が頬を伝って首筋を流れ落ちていく。水を吸ったジーンズが重みを増していく。お気に入りの白いワンピースも肌に張り付いて気持ち悪い。


…家に帰ろう


このまま雨の中にいたら風邪をひいてしまうだろう。あたしは自分が風邪をひこうかどうなろうが、何とも思わない。でも、それで迷惑する人がいるから、やっぱり風邪はひきたくないと思う。ひくわけにはいかない。あたしはゆっくりと回れ右した。靴の中に侵入していた水がヌチャッとした感触を足に伝える。しかし、家路についた足は一歩踏み出したところで再び止まった。


…あれ?


瞬きをした後周りを見回す。そこには滅多に見られないような古めかしい木造の家々が並んでいた。建物は古いのに現代風のネオンがそこここで光っている。ちょっと調子にのった時代劇みたいな風景だった。


…あたしどうやってここに来たんだろう…?


よく見ると周りを過ぎていく人たちは皆昔ながらの着物を着ている。少し目眩がした。


夢でも見ているんだろいか?


呆然としながらも、とりあえず歩き出す。こっちから来たのは間違ないんだから、このまま行けば戻れるに違いない。そう思ったのだが、行けども行けども見覚えのない景色が続く。濡れた衣服が体温を奪う。
どうだろう、もう一時間くらい経っただろうか?


…カチカチッカチ


歯がたて始めた音で、初めて自分が震えていることに気付いく。その時だ。


人間じゃない何かが横切ったのが目に入った。


そいつはこっちを振り向いて、ニンマリと笑うと口を開いた。


「あれ?お嬢さんどうしたの?」


あたしは目を見開いて凝視した。


喋った?


それは傘をさして、二本足で立つカエルだった。


「もしかして一人?」


ガラガラとノイズがかった声に鳥肌が立つ。


「ずぶ濡れのままじゃ風邪ひいちゃうでしょ?こっちおいで」


化け物だ…!!


カエルの大きくて真っ黒な目に捕らえられて、視線をそらせないまま一歩下がる。


「怖がらなくていいよ」


ニンマリ顔のまま、カエルは手を差し出してきた。水かきがテラテラと光る緑色の骨張った手。


来ないで…来ないで!
来ないで!!!!!
気持ち悪い!!!!!


逃げようとすると、震えて上手く動かない足が泥の上を滑った。


バッシャーン!!


泥をはね上げて、地面に頬や肘を擦りつけるように倒れる。


「あ〜あぁ…汚れちゃったね」


カエルの声がして、見上げると目の前にカエルの化け物が迫ってきていた。


来ないで!!


化け物が手を伸ばす。


こっちに近付いてくる…!


5センチ…
3センチ…

1センチ…


ピトッ…


カエルに触れられた瞬間、悪寒が駆け上がって、思い切りカエルの手をはたいた。


ガバッ!!


そのまま転げるように立ち上がって、必死に足を動かす。

逃げろ!逃げろ!!


人にぶつかりながら思い切り走る!


…さっきのは何!?

ここはどこ!!?


見ると周りは人ばかりでなかった。所々にチラつく動物たち。みんな二本足で歩いている。


どうしてみんな平気な顔してるの!?


人のいない生き物のいない所を求めて、狭い路地に飛び込んだ。暗くて細い道を全力疾走する。


ここはどこっ!!!


どこまで続く湿った路地を右に曲がって左に曲がって、何回も曲がった。自分がどこに向かっているか分からなかった…





╋ブラックロードを駆け抜ける╋

始まりは突然だった…










20081216

- 1 -


[*前] | [次#]