何がきっかけかなんて分からない。でも、前よりも笑顔を向けてくれる回数が増えた気がした。これは、自惚れなんかじゃない…と思いたい。
少しでも、俺たちに関わることに積極的になってくれた証と信じたい。





歌声を探して
第十四話





人に接することに慣れたわけではない。会話が楽しくなったわけでもない。ただ、銀時となら向き合ってみたいなと思っただけで、それはあたしにとっては大きな一歩だけど、周りからしたら小さな一歩。

スナックお登勢でのバイトにも慣れてきた。あたしの事情を知るお客さんが増えてくれたおかげで、最初より随分仕事がしやすくなった。でもそれは、お客さんがあたしに合わせてくれているだけで、あたしが頑張ったわけじゃない。

そう思うと、人間って変わること難しいんだぁって思う。今までこんな自分嫌だなって何度も思ってきたけど、結果変われたことなんて一度もない。だから、いつしか変わろうともしなくなっていたんだね。今、久しぶりに懐かしい疲労感に包まれている。変わろうと足掻いた分だけ心に疲労が溜まっていくのだ。昔はだいぶ足掻いていたものなぁ。

「ちょっと出かけてくるわ」

「銀さんどこ行くんですか?」

「あ?ちょっとジャンプを買いにな」


その言葉を聞いて少し考えてから、あたしは銀時に歩み寄った。


クイクイ


袖を引っ張ると銀時はこちらを振り向いて瞬きを二回。その後ニヤっと笑って、


「夢玻ちゃんも行く?」


その誘いに小さく二回頷いた。迷惑でないのなら、ついて行きたいと思う。最近のあたしは銀時と行動を共にすることが多い。相変わらず銀時の内側は読むのが難しい。自分のことを見抜かれている居心地の悪さもまだある。それでもこんなふうに前向きにアプローチできるのは、心を見抜かれる居心地の悪さより、あたしと向き合ってくれた銀時の心への感謝が大きかったのだろう。すべての理由が銀時だから、あたしとしっかり向き合おうとしてくれた銀時だから、で片付いてしまう。
そして、今回は目的がジャンプだからというのもある。あの日、銀時がジャンプについていろいろ教えてくれてから、あたしもジャンプを読むようになった。銀時が読み終わったものを見せてもらっている。それがけっこう面白くて最近の日課になってしまった。

万事屋を出ると、良い天気。ほとんど雲のない青空が広がっている。江戸は今日も賑やか。行きかう人たちの喧騒が心地良く耳をくすぐった。
銀時のペースに合わせるように足を動かす。今日は徒歩。銀時はこうやって徒歩で散歩ついでに江戸を歩くときもあれば、原付に乗って素早く駆け抜けるときもある。目的は同じジャンプを買うことでも、そこに辿り着くまでのルートをいくつも知っている。ジャンプを買うお店だって、その時で違う。だから、こうやって銀時に付いて歩く度にあたしはいろんな江戸に出会うのだ。

…今日は近場のコンビニで済ますらしい。

自動ドアをくぐり抜けて、すぐに雑誌が並んでいるところへ直行。さすがに月曜日とあってそこにはたくさんのジャンプが並んでいた。それを迷わず一冊手に取りその場で開く。少し立ち読みしてから買うのが最近だ。
銀時はあたしにも見えるように、少し低めの位置でジャンプを開く。二人で一冊のジャンプを覗きこんでいる様は異様だろう。でも気にしない。周りにどう思われようと知ったことかって、銀時といると思える。でもこれってなかなかにきつい。ギャグシーンなんかがあると笑いを堪えるのに必死だ。やっぱりジャンプは立ち読みするもんじゃない、万事屋に戻ってからゆっくり読みたいけど、こうやって立ち読みする時間が楽しみになっているのも事実で、


「お二人仲のよろしいことで」


声をかけられるまで気付かなかった。隣に立つ人影に目を向ける。


「こんちわ」

「なぁに沖田くん、今デート中なの邪魔しないでくれる?」


眩しい蜂蜜色のサラサラヘア。それを揺らしながら彼はこっちに笑顔を向ける。


「夢玻久しぶりですねィ」


途端に緊張に固くなる体。どう反応すればいいのか分からなくてとりあえず頭を下げる。知り合いでも、街中で偶然出会うのって好きじゃない。
総悟にはバイトのことでいっぱいお世話になって、良い人だって分かっているつもりだ。でも、まだ銀時のようには上手くいかない。
そう、だって、銀時がたぶんはじめてだ。こんなに心許せる人に出会えたの、初めて。だから銀時が特別であって、決して総悟を蔑ろにしてるわけじゃない。総悟はまだ今までに出会った人たちと同じってだけで、


最初は優しい顔して話しかけてくるのに、少し時がたつと面倒な顔を向けられる…


そんな経験、もう嫌ってくらい味わってきたから。喋れないっていうのは友達一人作るのも難しいハンデなんだ。

そう思ってしまうのには訳もあって、実は総悟は最近万事屋に来なくなっていたのだ。知りあってから暫くの間、よく用もないのに万事屋に来ていた。よく散歩に誘われていたのに、最近はそれがなくなっていた。銀時はその方が平和でいいと言う。あたしも気分的に楽だ。でも、つまりやっぱり、あたしのこと面倒って思ってたのかなって思ってしまう。心配になってしまう。そうなると、出会うのが少し怖い。
だからって、総悟が酷い人だなんて思ってない、バイトのことは本当に感謝しているし、できたらまた少しコミュニケーション取る時間があったらいいなって、本当に少しだけそう思う。
でも、それが予期せぬ出会いだったら上手くいかない。心の準備ができてないから。そう、だからまだまだ時間が欲しい。


「さ、んじゃ会計行くか」


銀時はパタリとジャンプを閉じるとそのまま歩き出す。銀時に離されないように急いでついていく。でも、あまりに態度が露骨すぎたかなと心配になり、振りかえれば、


「んじゃまた今度」


ひらひらと手を振る総悟の姿。遠慮がちに手を振り返したらニコリとしてくれた。





╋銀色ワールドから一歩外へ╋

踏み出すにはまだまだ時間がかかる




20100128白椿

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