話すのは苦手だけど、聞いているのは好き。
気を使われるのは嫌だけど、相手に尽くすのは好き。
彼女はそんな感じ。今一番彼女を理解してるのは、俺であったらなぁなんて。





歌声を探して
第十三話





あれ…?

あれ…?


時計を見ればすでに一時間くらい経過していた。


「それでな、このギンタさんていうのは、」


銀時と会話を始めて一時間。コミュニケーションが大の苦手なあたしが一時間も人と会話してて疲れないなんてどういうこと?

あたしが洗濯と掃除を終わらせて居間に戻ったとき、居間にはジャンプを読む銀時しかいなかった。聞けば新八は好きなアイドルのCD発売日、神楽は酢昆布のセールでそれぞれ出掛けているらしい。つまり今万事屋にいるのはあたしと銀時の二人だけ。二人きりで沈黙の空間って限りなく気まずいなぁと気分が重くなったとき、銀時はジャンプから顔を上げて言った。


「夢玻ちゃんてマンガ読む?」


あたしはいつも使っているノートに文字を綴った。


"少女マンガなら少し"


本当に少ししか手に取ったことがない。それも小学生から中学生にかけてであって、最近は全く読んでいない。どちらかといえばマンガより文庫本を開くことの方が多いのも事実。
銀時はその文字を見た後、


「一緒に読む?」


少しジャンプを持ち上げてさらりと言った。
あたしはどう反応しようか迷いながら様子を窺う。銀時はそんなあたしを見て、


「あ、少年マンガには興味なし?」


と言ったので慌てて首を振った。すごく興味あるわけじゃないけどないわけじゃない。それにここで興味ないと言ってしまったら何だか銀時の趣味をけなすことになるような気がして…。


「そんじゃおいでおいで」


銀時は隣のソファにあたしを招いた。素直に従う。


「そんじゃまずコイツからな」


そして銀時がジャンプ連載のこれまでを語り出して一時間ほどが経過して今に至る。銀時の口は止まらなかった。目は死んだ魚のようなのに紡がれる言葉は夢や希望に溢れていて、たまに作者や編集者の悪口がはさまれてはいたけれど、とにかく少年の夢について語る彼はどこか生き生きして見えた。
あたしの周りに今までマンガを熱く語る大人は存在しなかった。だから少し不思議な感覚で銀時を見る。マンガって子どものためのものと思っていたけど、どうやら違うようだ。
銀時の話は面白くて、いつの間にかあたしも夢中になる。こんなに長い間人と向き合っていられたなんて不思議だ。疲れを感じない…楽しい…なんで…?

ふとノートに目をやると、真っ白だった。
こんな長い間銀時と向き合っていたというのに、あたしが紡いだ言葉はゼロだったらしい。そういえば、さっきからあたしは首を縦に振るか横に振るかしかしていない。ペンを一切持っていない。


…ああ、そういうことか


あたしは思わず微笑んだ。心の奥底がじわりと熱を帯びる。
一時間も向き合っていられたのは、銀時だったからだ。

いつから考えてくれていたのだろう?

いつ気付いたのだろう?

いつから探っていたのだろう…?


あたしとの、コミュニケーションの取り方…


あたしが返答に困らないように言葉を紡いでいく彼。気遣われるのも優しくされるのも苦手なはずなのに、なんだか嬉しくて泣きそうになった。銀時は相変わらず喋り続けている。低くて優しい響きの声。じっと聞き入っているこの時間に安心感を覚える。
あたしはそっと文字を綴った。


"ありがとう"


くいくいっと銀時の袖を引っ張れば彼は話すのを止めてこちらを見た。ノートを見せれば眉間に皺を寄せて


「何が?」


と問う。その顔にまた笑う。こんなふうに本当にあたしとコミュニケーションを取ろうとしてくれた人は銀時が初めてかもしれない。
喋れないとか会話が苦手とか、そういう上辺だけ見て哀れんだり、変な優しさを押しつけようとしたり、そんなコミュニケーションじゃなくて、きちんとあたしと向き合おうとしてくれてる人。


ごめんなさい


今まできちんと向き合わずに距離を置いて拒んで…もう人という生き物をこうと決め付けて諦めていたんだ。
これからはあたしも歩み寄ってみようか…銀時という一人の人に…


そう、今日は記念すべき





╋あたしがジャンプに惚れた日╋

銀時に感謝できた日。





20100113白椿

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