ああ、なんて幼稚なことしてるんだろう。
だけど自分でも不思議なんだけど、君がなかなか心を開いてくれないことに少し焦っているみたい。
こんなんで心を開いてくれるわけないのに。君がどんな言葉を望んでいるのか分からないんだ。





歌声を探して
第九話





案の定、銀時はいい顔はしなかった。


"真選組でバイトしたい"


そう書かれたメモ帳を眺めて渋い顔をしている。あたしはそんな銀時を少しドキドキしながら眺めていた。どんな言葉が返ってくるのかと。


「給料はずみやすぜィ」


そしてドキドキの原因二つ目は隣に座る総悟にある。総悟は人を煽るのが上手だから、上手くやれば円滑に進む話もどんな揉め事に発展するか心配がつきまとう、なんて失礼にもほどがあるか…。でも総悟に出会ってから日は浅いけれど、数少ないやり取りの中で、彼の性格が多少なりともねじ曲がっていることは分かったのだ。


「そんな悩むことですかィ?たかがバイトですぜィ」

「バイト自体はいいんだよ沖田君。問題はバイト先がお宅らのとこだってとこね」

「なんでですかィ?給料も仕事内容も悪くないと思いやすけど」

「そーゆう問題じゃねぇの。お前らのとこに行かせること自体が心配なわけだよ」

「そりゃまたどういう理由でィ?」

「理由なんて簡単アル。お前らの薄汚い下心ヨ」

「ああん?てめぇは黙ってろチャイナ」

「ああん?てめぇこそ早く帰れドS野郎」


神楽まで渋い顔して銀時と並ぶ。二人ともあたしが真選組で働くことに反対らしい。もう一人、新八の方を見れば、入れたてのお茶を配りながら溜め息していた。あたしの視線に気付くと、眉を下げながらもニコリとして、困りましたねと目で訴えてくる。あたしも少し笑って頷いた。
二人の、いや三人の論争はヒートアップしていくばかり。こういう時は、声って必要だなぁって思う。こんな激しくスピーディーな会話の最中、ノートの文字を見てもらうのは至難の業だ。


「やっぱダメアル!!こんな奴等に夢玻を任すわけにはいけないヨ!!」

「そうだ!!神楽に賛成!!」

「あのですねィ、もとはと言えば旦那の稼ぎが少ないことが原因なんですぜィ?その原因を作り出してるあんたらにどうこう言う資格無いんじゃねーかィ?」

「ちょーっと沖田君!!!そういうシビアなことさらりと言うのやめてくれない!?銀さんのガラスのハートがぁあ…!!」


"大丈夫 真選組の人は信用できるよ"


ノートに薄く書いた文字。三人は気付かない。テンポの良い会話。邪魔しちゃ悪い気がして暫く聞いてみる。けれどそれも…なかなかに疲れるものだ。
あたしは溜め息すると、立ち上がる。


"ちょっと外行ってくる"


そう書いたノートを、同じように溜め息しながらお茶を飲んでいた新八に見せると、


「行ってらっしゃい、気をつけて下さいね」


苦笑しながら言ってくれた。その笑顔に少し心が温かくなる。ありがと…そう心で呟いて玄関へと向かった。背中の声はさっきよりも煩く激しくて。


ガラガラ…


戸を開ける音がひどく小さい。そのまま外に踏み出して、中の喧騒を閉じ込めた。玄関まで歩んだ数秒間、誰もあたしの行動に気付いてくれなかったのが少し虚しい。途中引き止めてくれるんじゃないかという期待が少しあった自分に溜め息した。
江戸の街は今日も相変わらずである。空は快晴。白い雲が気持ち良さげ。吹き抜ける風が髪を撫ぜていく。心地良い。暫くはそんな景色を楽しんで、散歩でもしようかと考えていると、


「こんにちは、夢玻様」


ふと可愛らしい声がして振り返る。深緑の髪を綺麗に結った女の人。たまがこちらを見ていた。


「何をされているのですか?」


そう首を傾げる彼女に、ポケットからメモ帳を取り出して、


"きぶんてんかん"


サラサラと書いて見せると、


「そうですか」


無機質な答えが返ってきた。彼女は機械だと銀時から聞いている。こんなに精巧で技術が高いロボットを知らなかったから、最初は信じられなかった。


「お登勢様から家賃の徴収をとの命があったので来たのですが、どうやらお取り込み中のようですね」


玄関の戸はしっかりと閉められているが、そこからはくぐもった声が漏れてきている。あたしは頷いた。


"ごめんなさい わたしのせい"


そう書いて見せたらたまは首を傾げた。


「夢玻様の?」


頷く。それからバイトについてのことをたまに説明した。


「そうだったのですか。」


そう言ったあと、少し間をおいて、


「夢玻様は銀時様に大切に思われているのですね」


それは違うだろう。あたしは首を振った。
確かに銀時はあたしのことを助けてくれてる。大切にされてるというのは間違ってはいない。だけど今回のは違うと思う。あたしが大切で心配しているというよりは、真選組への対抗心。ただそれだけ。だからあたしの言葉には見向きもしなかった。


「夢玻様、下へ行きましょう」


深く考えてしまいそうになったところをたまの声に引き上げられる。


「何か飲み物でも」


そう言うと手を引かれた。この成り行きに目をパチクリしながらも、特にすることもないので黙ってついていく。階段を降りて向かうはスナックお登勢。ここへは、万事屋に居候が決まった時に挨拶に来た時以来は訪れていない。


ガラガラ…


煙草の香りがふわり。


「お登勢様、申し訳ありません、家賃の徴収はもう少し後でもう一度行ってまいります」
「ん?何かあったのかい?」


たまが手を引いて店の中へ。


「ああ夢玻かい、いらっしゃい」

「わたしがお誘いしました」

「たまが?」

「はい、ようやくお給料の良い使い道を発見致しました」

「は?」

「夢玻様、今日はわたしに奢らせて下さい。何でも好きなものを」


いったいどういうことなのか分からず、ただ突っ立っていれば、


「まぁ、とりあえず座りな」


同じようにぽかんとしていたお登勢が手招く。


「いったいどうしたんだろねあの子は…」


カウンター席の一つに座ると、


「さぁ何にする?」


注文を催促されて少々たじろぐ。なんで奢ってくれるんだろうという疑問を初め、奢ってもらっていいのかどうか、はたまた何を頼めばいいのか。


「夢玻様、遠慮は無用です。好きなものを」


そう言われても今自分が何を食べたいかいまいち分からないうえに、好きなものって何だろうとか変な方向に思考が働いてしまう。


"お登勢さんの一番得意な料理"


迷った末に書き出された文字。おずおずと差し出せば、


「あいよ」


温かい微笑みと共に返ってきた言葉。ちょっと嬉しかった。





╋隣に佇むロンリーガール╋





20091011白椿

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