数日後、雛さんは計画を実行した。やはり、最初から雛さんがいないのでは、わたしが団長室に行ってもしょうがないように思えたので最初だけ居てほしいとお願いすれば、雛さんはそうですねと困ったように笑って頷いた。初めは一緒にいて、途中で席を外すらしい。どうしてこんなにこそこそしているのかわたしにはよく分からないけれど、今雛さんは少なからず神威団長に対して疑念を抱いているようで、そうオープンに自分の気持ちを曝け出すことは出来ないようだ。
団長室を訪れると雛さんは笑顔で出迎える。そして小さな声でよろしくお願いしますと言った。それに小さく頷く。
それからいつもみたいに3人でトランプを始めた。最初はババ抜きで雛さんが勝って、次は大富豪で団長の勝利。そして、次は何にしようねと話しているとき、


「あたし、ちょっとお手洗い行ってきます」


そう言って席を立った。少しだけ緊張で体が硬くなる。雛さんはいたって自然な動作で二人で先に何かしてて下さいと言う。


「そ?雛が戻ってくるまで待ってるよ」

「いえ、次の勝負は戻ってきたら観戦させてもらいます」


そして出て行く彼女。沈黙の中で、雛さんに言われたとおり団長の様子を覗いながらトランプを配りだす。絶対に雛さんの思いすごしだと思いながらも一応ね。団長が今何を思っているのか気にならないわけではないから。


「…」

「…」


だけどやっぱり二人だけだと会話がない。心なしか雰囲気だってピリピリし始める。この作戦失敗だったんじゃないだろうか、小さく溜息して配り終わったトランプを集める。


「何します?」

「…」

「…」


言っても返事はなし。溜め息。いくらなんでもちょっと酷くないか。ちょっとくらい文句言ってもいいかなぁと思って口を開きかけたら、


「てっきり何か仕掛けてくると思ったよ」


団長はそう言ってニコリといつもの読めない笑顔。


「もしかして、俺自意識過剰だった?」


その笑顔が偽物と知っていても、笑顔を向けられたことに心臓が跳ねる。わたしはそれに苦笑して小さく首を振った。ちょっとだけ雰囲気がやわらかくなって、心の緊張も緩む。沈黙の空間に耐えるよりよっぽどいい。


「…いいえ、たぶん団長の考え当たってますよ」

「そ?」

「…でも、本当に雛さんに何かしようなんて思ってないので安心して下さい」

「うん、どうやらそうみたいだね。雛も随分とあんたのこと気に入ってるみたいだ」

「…」

「…雛さ、あんたに何か言ってる?」

「何かとは?」

「何か悩み事とか、そういうの、あんたに言ってる?」

「…」


予想外に団長の口が動くから、咄嗟に反応できない。こんなふうに一対一で言葉を交わすことなんてほとんど初めてに近いから、ただでさえ緊張するのにいきなりそんな確信めいたこと質問されたら脳が上手く働かない。


「やっぱ、そうか」

「…」


団長はそう言って目を伏せた。


「…なるべく聞いてやってくれる?」


その言葉にも目をパチクリ。


「え…」

「これからもさ、雛が何か言いたそうだったら聞いてあげてよ」

「…」

「よろしく頼むよ…えと、紅衣さん…だっけ?」

「!!」


初めて、名前呼ばれた…。体の芯が熱を帯びる。顔が熱くなる。でも喜ぶ心とやっぱり少しの嫉妬心。混在する二つの感情がわたしを支配する。


「もちろん…そのつもりではいるんですけど…」

「うん?」

「あの、こういうのも何ですけど、」

「うん」

「雛さんの悩みの大半は、…神威団長が解決してあげられることです」

「…」

「わたしよりは、団長が聞いてあげた方がいい気が、します」


はぁ、わたしってこんなに良い子だったかしら。なんで自分が不利になることばっかしちゃうんだろう…?胸にはしっかりと雛さんを羨む心があるのに。


「団長は、何で雛さんに秘密にしてるんですか?」

「…」

「どうして自分の彼女だって教えてあげないんですか?」

「雛が俺の彼女って誰に聞いたの?」

「いえ、…勝手な推測で喋りました…すみません」

「…そう」


でも、少し気になっていたから、この際良い機会だし聞きたいこと全部聞いておこうと思う。


「あんまり他人任せにしない方がいいですよ」

「…説教?」

「いえ、…でも、雛さん変な勘違いしちゃいます」

「どういうこと?」


今日の計画を話すのは雛さんへの裏切り行為になると思うのでしない。


「…自分で聴いてみて下さい」

「あんた俺が上司だって思ってないでしょ」

「だって、これ業務連絡でも何でもないですもん」

「まぁ確かにね」


神威団長は面白そうに笑った。


「あんた面白いね」


そう言う。わたしはその笑顔に顔が熱くなる。


「そ、そですかね?」

「うん、なんかちょっとだけ雛に似てる気がするよ」

「…え」

「見た目じゃないよ?」










奥底に彼女がチラついた

初めて彼の笑顔を見た気がした





20100303白椿


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